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起業メンター日記

仮設住宅

昨夜は「北のユニバーサルデザイン協議会」のセミナーに行って来ました。

セミナーの題名は「東日本大震災から見た、誰でもが暮らしやすい仮設住宅とは」

札幌市で介護センターの所長をし、現地に5回ボランティア活動に行った菊地氏が講師です。

彼は理学療法士でもあります。


理学療法士として見た仮設住宅で暮らす不便さを話してくれました。

彼が撮った写真で見ると、仮設住宅はお年寄りや身体が不自由な事ばかり。

また、寒地に建つ住宅としても不十分でした。


お風呂では浴槽のフチが高く、足を持ちあがるのが大変。

また家中が段差だらけです。

床には畳がなく、窓も1重のため結露がひどい状態。

今、それは後工事で解消されつつあります。


地震国日本では、万が一の時には何万棟という数の仮設住宅が必要となります。

阪神大震災の時も同じ問題がありました。

今後も大きな地震が起きると予想されています。

こらからも必要とされる仮設住宅は、住む人のことが考慮される「ユニバーサルデザイン思想」に基ずいた設計がなさらなければならないと感じました。

また、仮設住宅の建築コストは1戸当たり400万円かかると言われます。

少しかかり過ぎです。

あらかじめコスト計算された設計に基づいて概算も用意しておく必要もあります。

今のままでは建築業者の言うがままの工事費がかかります。

時には「火事場泥棒」的に儲けている業者もいるかもしれません。


仮設住宅は法律では2年の使用です。

阪神大震災の時は特別5年でしたが、それでもその後は多くが廃棄されます。

改めて書きますが。建築費は1戸当たり400万円、撤去に100万円かかるのです。

廃棄されてはもったいない話です。

その費用が無駄になる事を考えれば、一部は仮設住宅を建てるより、民間のアパートを斡旋し、その費用に充てる方がいいのではと考えます。

災害への備えは、そのところまで考えると復興の費用も、スピードもが早いはずです。


このセミナーは色々考えさせられるお話を聞くことが出来ました。


今日は節分

今日は節分。

子供が小さい頃は、節分の日はなるべく早く家に帰りました。

夜遅くまで外にいると鬼になると子供達に言われるし、また家長として豆撒きをしなければなりませんでした。


北海道で撒く豆は落花生です。

本来は大豆なのでしょうが、東北以北はほとんど落花生の様です。

雪国なので、豆が雪に落ちても食べれるようにと思ったからでしょうか。


我が家では落花生の他に、小袋の飴やチョコレートも入れ、撒きました。

家中の電気を消し、窓や玄関も開け、また念のためトイレの蓋も閉まっているかを確認して始めます。

私が豆を撒くと、子供達は床に這いずりまわって、豆、飴、チョコレートを取り合います。

小さい子はお姉ちゃんたちに先に取られ、泣きべそをかきながら豆を探します。


豆撒きが終わると、それぞれ子供達がどれでけ取ったかを比べ合い自慢会。

小さい子は勿論少ないのですが、お姉ちゃんたちが自分のを分けて上げ、最後は皆満足で終わります。

豆撒きは長女が高校生になっても続けていました。


親になった私の子供達も、節分には自分の子供に同じことをすることでしょう。

豆撒きは子供たちの大きな声と笑いで鬼を追い出してしまいます。


今私達は夫婦2人の生活。

もう豆撒きはありません。

今日の夜も会合があり遅くなる予定です。

鬼にならないようにします。


今日は帰ってから夫婦二人で北北西に向かって恵方巻を食べる予定です。

本屋について

先日、馴染みの本屋に行きました。

その前に行ってから10日位しか経っていないのに、店の中が全く変わっていました。

いつも真っ先に行く新刊コーナーもいつものところにありません。

本を探すのに大変苦労しました。


そこで、本屋はなぜ本の位置変更するのだろうかと素人ながら考えました。

1、販売本の種類を増やすため。

2、ある種の本を隠すため(アダルト本等)

3、万引き防止のため。

4、本を分野別に分類するため。

5、店員さんが単に変化を求めたから。

等考えました。

一番可能性が高いのは「店員さんが単に変化を求めたから」だと邪推?します。


どちらにしても、行きつけの本屋の本の位置を変えられるのは常連としては困ります。

どこにどのような本があるか、というのがすぐ分かるから行きつけになるのです。


以前、仕事で色々な街に行きました。

その街に行くと、仕事の合間に必ず本屋を探します。

そして本屋に行くとその地域だけの、普段出会えない本を見付けることがあります。

また、本屋に置いている本の種類によって、その街に住んでいる人の様子が感じられます。

会社の多いところはビジネス書。

学生は多いところは漫画やIT関連の本(学術書も少し)

住宅地では趣味やグルメ本。


私の独断ですが、その街に本屋があるか無いか、また本屋の規模によってその地域の住民の「民度」が分かると思っています。

本屋はその地域の「民度」をはかるバロメーターだと思います。

そして本屋はその地域の「知識発信所」だとも思っています。

時として、ある本との出会いでその人の人生が変わることがあります。

そう考えると本屋の存在意義は高いモノです。

現在、本はアマゾンで簡単に買えます。

でもやはり本屋は私にとって無くてはならないものです。


それにしても行きつけの本屋の本の配置に慣れるまでしばらくかかりそうです。


今日は一日(ついたち)

今日は1日(ついたち)。

今朝は5時に起き、琴似神社と北海道神宮へ行き参拝してきました。

朝早かったこともあり、1日にしては参拝者は少なかったです。

北海道神宮で参拝すると、参拝する横にまだ「撤下塩(おさがりしお)」がありました。

いつもは既に無くなっているのですが、今月は珍しくありました。

他の参拝に来ていた人達も喜んでいただいて行きました。

勿論私も。


今月2月は私にしては予定が結構入っています。

中旬には妻と伊勢神宮にも行く予定です。


神社や神宮で参拝する人を見ていると、ズーと熱心に祈り続けている人がいます。

何か心配事があるのでしょうか。

一度奇妙な参拝者を見たことがあります。

梵字のたすきをした人がお経を読んでいるのです。

参拝口の端の方で小さな声でお経を読んでいました。(確かお経だと思います)

神教と仏教とは何かつながっているのでしょうか。

神宮寺というものが奈良時代に建てられています。

日本の宗教の大らかさを垣間見た様な気がしました。


何にしても1日に神社に参拝に行くというのはいいものです。

益々清々しい気持ちになります。

パワーをたくさんいただいたような気がします。

今月もいいことが沢山ありそうな予感がします。

さあ、今日も頑張ります!

自分の成長 他人の成長

アメリカの会社GEの元最高経営責任者ジャック・ウェルチの言葉があります。

「リーダーになる前は、成功とはあなた自身が成長することだった。

ところがリーダーになった途端、成功とは他人を成長させることになる」と言っています。

本当にそうです。


仕事で優秀な成績を上げた人が起業して社長になった時、一生懸命稼ぎます。

しかし、それより大事なのは、いかに従業員に働き・稼いでもらうかです。

その時、優秀な成績を上げた社長は往々にして、自分の尺度で人を指導しようと思います。

同じレベルの仕事を要求します。

勿論時には厳しい指導も必要です。

ただ、自分が仕事を通して成長した過程を、そのまま他人に背負わせてはいけません。

部下が自分と同じことが出来ないことが許せないと思うと、人は育ちません。

重要なポイントは、自分の狭い許容量を自覚し、一度、部下のレベルまで下がって見ることも必要です。

「なんでそんなことで悩んでいるのか」という上から目線でなく、共に考える「共感」「共有」の気持ちが無ければなりません。

そのような中で人は育ちます。

いつかその部下が社長の右腕となる人に成長するかもしれません。

自分の成功だけを願う「利己」から他人の成長を願う「利他」の心にならなければ人は育ちません。


「良きプレーヤーは良き指導者にあらず」と言われます。

素晴らしい活躍をした野球選手も優秀な監督になるとは限りません。(勿論例外もあります)


自分を管理することは出来ても、他人を管理をする事の難しさ。

成功した会社の経営者が必ず通ってきた道です。

海陽学園

今朝の新聞に海陽学園のことが掲載されていました。

大分以前の報道で、変わった学校が出来たということは知っていました。

その第一期生が今年高校部を卒業するということです。


Wikipediaによると2006年に全寮制の中高一貫制男子校として設立され、トヨタ自動車やJR東海、中部電力などの中部地方の有力企業が中心となり設立され、開校しました。

「将来の日本を牽引する、明るく希望に満ちた人材の育成」を謳い、イギリスのエリート育成校「イートン校」の日本版です。


この高校の寮には教員の他に各企業から男性若手社員が派遣され、生活を共にしています。

寮での生活は厳しく、携帯電話・ゲームは禁止、テレビも寮に一台のみ。

その厳しい生活になじめず1期生は120名中20名が転校したそうです。


大手企業各社から派遣された社員は「フロアーマスター」として生徒と生活を共にします。

「企業の協力をもとにしたキャリア教育」がこの学校最大の売りです


日本の教育は戦後一貫して「平等」という言葉のもとで、このようなエリート教育は避けられてきました。

教育に関しては色々な考え方があり、ともすれば論争の元になりがちです。

ですからここではあまり深入りしません。


ただ、私はこのような教育もあっていいと思っています。

差別教育と思う人もいるでしょうが、区別教育だと思います。

職人を養成する学校があってもいいと思います。

芸術家を育てる学校もいいです。


今までは考えられていた「平等」という言葉は、「同一」と混同されていたように思います。

金太郎飴の様な人を作ることが平等ではありません。


私の友人で一般企業の幹部社員から転身して公立高校の校長をしている人がいます。

彼の話では学校の中では一般社会と違った常識があると言っていました。

将来、社会を担っていく子供たちに正しい思考、判断力、生きる力を身に付けさせ、送り出していくのも学校の役目です。


今年初めての卒業生を出す海陽学園。

3月には有名大学に何人入ったかなどの基準で評価されるでしょう。

でも、どの大学に何人入学したかより、その後どのような仕事を成したのかが大事です。

この学校の本当の評価は10年後、20年後になって出てくるものでしょう。


話すより聞く

昨夜は久しぶりに妻と2人、自宅でお酒を飲みながら食事をしました。

子供たちの話や、亡くなった両親の話しが中心でした。

妻は私と2人で話をする時は自由に意見を言い合います

でも私以外の人とはあまり自分の意見を言いません。

昔からそうです。

意識してそうしているわけでは無いようです。

でも結局人からは、話を良く聞いてくれるとても「いい人」と思われています。

確かに「いい人」なのです。


一般的に、聞く事に徹していると「いい人」だと思われるようです。

コミュニケ―ションの基本は、「話す」より「聞く」ことだと言われます。

自分の意見を言うより、聞く側に立つことで、その人の評価が上がるようです。

カウンセラーの仕事もひたすら「聞く」事に専念する仕事だと言われます。

合コンの時も、しゃべる人より人の話を黙って聞いている人の方がモテるそうです。


話をしている人にとって、相手が黙って聞いているのであれば、自分を理解してくれていると思ってしまいます。

反対に聞く側はどうでしょう。

「聞く」というのは意識しなくても耳に入ってくる状態です。

そのような時は、時折大事な言葉をも流してしまうことがあります。

本当は「聴く」というように、注意して聞き耳を立てる状態でなければならないのでしょう。


「無意注意」ではなく「有意注意」でなければなりません。


妻は人の話をチャンと「聴いて」います。

私の場合、自分を振り返ってみると、私は話す方が多く話し過ぎです。

自分の意見ばかり押し付けているようです。

ですから「いい人」とは思われていないでしょう。

今日書いたことは他の人に向かって言うことではなく、自分への自戒です。


でもなかなか直りません・・・


自力で生きる術(すべ)

数日前に日本の貿易収支が赤字になったと新聞報道があり、このブログでも取り上げました。

若干その続きになります。


日本は長い間、給料も上がっていません。

私の若い頃は毎年10%以上ベースアップしていたと思います。

現在日本の役員・社員の平均給与は400万円程度と言われています。

しかし、中小企業の平均は300万円でしょうか。

今は給料は上がらなくても、デフレだから何とか生活が出来ています。

これがインフレになると大変なことになります。


先日ある本を読んでいた時に紹介されていたことです。

日本を代表するトヨタ自動車の従業員の平均給与は年間580万円だそうです。

やはり大企業です。

その給与を1ドル80円で計算すると、72,500ドル。

アメリカの代表するGMの平均給与は38,000ドル。

2倍違います。

韓国の自動車会社と比べると5倍違うとも言われています。

トヨタの給与が高過ぎると言えばそうですが、日本を代表する会社がこの位もらっていなければ、それ以下の会社の給与はもっと低くなります。


ただ、トヨタの様な輸出企業にしてみれば、海外の企業との競争の中、高い人件費、高い法人税、高い製造コストを考えると海外移転が一層進めざるを得なくなります。

そうすると益々貿易収支が赤字になり、2~3年後には経常収支まで赤字なる恐れがあります。

そうなると円安⇒インフレです。

生活する上で大変厳しくなります。


これからは各自が自力を付け、お金を稼ぐ術を身に付けなければなりません。


昨夜から「身の丈起業のすすめ」という講座を始めました。

以前にもこの講座のことは紹介しました。

今回で3回目の講座になります。

身の丈でもいいから起業し、自分でお金を稼ぐ方法を学ぶというものです。

15名の参加者のうち男性は5名、女性が10名です。

女性の方がよりパワフルな考えで将来を見据えているのでしょうか。


参加者の期待に応えるよう5回の勉強会、頑張りマス!

人たらし

ある本に「デキる起業家はモテます」と書いてありました。

なぜかというとそれは、人の心をつかむのが上手だからです。

「なるほど!」と思います。


◆人を喜ばせるのが上手い。

◆人の話をしっかり聞く。

◆気配りが出来る。

◆人の良い面を見付けるのが上手い。

◆些細な心の変化に敏感に対応できる。

◆落ち込んだ時には勇気付けてくれる。

このようなことをされると、その人を好きになってしまいます。

「人たらし」の名人です。

そしてこれはそのまま女性の心をつかむプレーボーイ(最近は言わなくなりましたが・・)のテクニックです。


女性の場合は男性より、より繊細な心配りが出来ると思います。

以前当社にいた女性の常務は多くの社員から、そしてお客様から好かれ、信頼されていました。

彼女はまさにこの行動そのものを意識無くこなしていました。

その上、数字に強く、頭の回転も早く、物事の状況をつかむのに優れた人でした。

ですからその常務と打合せをしても話の展開が早いのです。

また話をしていても、気配りがあるので、心がなごみ、何でも気楽に話してしまう気になってしまいます。

まさに「人たらし」の名人でした。


最近は男の人でも女の人でも自己主張が強く、自己アピールばかりする「バリバリ」の人が多いようです。

頭の回転も良く、能力も高いのですが、「いまいち」と人がいます。

そのような能力の高い人がこの「人たらし」を身に付けると「大化け」するはずです。

でも残念ながら、頭がいい人は往々にしてそれに気付かないのです。


「素直であれば分かるのに」と最近感じています。

ストーカー心理

先日街の中を歩いている時、フッと思ったことがあります。

人の成功心理とストーカー心理が似ているのではないかと。


人の脳は錯覚と現実との区別が出来なくなることがあります。

過去に起きた出来事も、いつの間にか自分を美化するような思い出にしてまうことがあります。

そしてそれが本当にあったと信じてしまうのです。


ストーカーは人を好きになった時「自分がこれほど相手のことを好きなのだから、相手も自分のことを好きなはず」という思い込みに陥ります。

相手の行動や思いは全て自分に都合のいいように解釈します。

このような妄想による思い込みを心理学的には「妄想性認知」というそうです。

昔あったテレビドラマの「101回目のプロポーズ」の主人公の武田鉄矢はストーカーの1人だと思います。


この「妄想的認知」をストーカー等の犯罪に使うのでなく、成功するための手段に使っている人はいるのではないでしょうか。

「自分は成功するのが当り前」「失敗などするはずがない」「失敗したことがないから反省もしたことがない」「いくらうまくいかなくてもネバーギブアップ」と思う人は時々います。

意識しなくてもそのような心理状態でいれるのです。

一見無神経で自己中心的な人に見えるかもしれませんが成功者に多いパターンです。

一般の人はそのような心理状態になるため、「ツイている!」とか「おまえは出来る人間なのだ!」言って自己暗示を掛けたりするのでしょう。


一方、ストーカーと言われる人はその心理になりやすい人なのです。

その心理を犯罪ではなく正しい方向に持っていけば、成功者と言われる人になれるのではないでしょうか。


人は1人1人性格も性向も違います。

そして人から欠点と言われる自分の性格・性向も時として、プラスに生かせて長所と変換することが出来ます。


先日歩きながらそんなことを思いました。

若い社長達

昨夜は稲盛和夫さんが主宰する盛和塾札幌の総会・新年会がありました。

まずは総会をし、新年会が始まりました。

会が盛り上がってきた頃から、司会から指名を受けた者が今年の抱負を語ります。

会社は違っても同じ稲盛哲学を学ぶ者同士と言うこともあって、自社の数字を具体的に上げながら話をしていました。

最近は30代40代の若い社長達が多くなりました。

彼らは勢いがあり、力強い宣言も出ました。


その中である若い社長が新製品を紹介をしました。

その会社は北海道中標津町(なかしべつちょう)にある「株式会社標津羊羹本舗」と言う会社です。

中標津というところは北海道の東の方に位置して、根室に近い町です。

車で5~6時間かかるので、盛和塾の勉強会に参加する時は仕事に合わせ泊りがけになります。

その中標津から札幌まで盛和塾の勉強に来ているので、経営に対する意気込みは大変なものです。


その彼は地元の乳製品と和菓子と組み合わせた新製品開発を続けてきました。

その思いの結果「牧場まんじゅう『みるく』」というお菓子を作りました。

新年会に参加した人達に配られました。

私も食べましたが、大変美味しかったです。

見た目は普通のまんじゅうですがその案は濃厚なミルクの味がし、餡とミルクが絶妙にマッチしています。

機会がありましたら是非食べてみてください。

千歳空港でも売っているそうです。

この会社は通信販売もしていますが、このまんじゅうは新製品なのでまだ売られていないようです。

株式会社標津羊羹本舗HP:http://shibetsuyoukan.com/


今日のブログは何か宣伝になってしまいましたが、若い社長が頑張るその勢いに押されて書いてしまいました。

これからも若い社長たちを応援して行きます。

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買い手の気持ち

人がモノを買う時、何がその決断を促すのでしょう。

多くの人は無駄なモノを買わないようにしようと思います。

価格の高いものであれば、本当にいいモノなのか、宣伝していることは本当なのだろうか、愛着を持ち長く使えるだろうかを考えます。

「買って後悔しないのか」が大きなポイントです。

その為に雑誌を見たり、インターネットでそのモノの評価を探したりします。

モノを買うのとは違いますが、先日は「食べログ」での投稿が問題になりました。

となるとインターネット上の評価もあまり当てになりません。

やはり身近の知人の評価を一番信頼することになります。

同じようなモノを買ったことがある人に聞くことで、そのモノへの評価が大きく左右されます。


しかし、もしも知人の中にも買った人がいなければ、どうします?

最終的には「エイ!ヤー!」と言って思い切って買ってしまうのかもしれません。

皆さんもその様なことは経験したことがあるのではないでしょうか。

モノを買おうとする時、多くの人はそのように悩んでいます。


ところが今度自分が売り手になった時、その買い手の思いを忘れている人が多いようです。

お客様は悩んで悩んで買うその気持ちを思いやることなく、接客している人がいます。

折角高いモノを買おうとしているのに、安いものをすすめたり、その店の売り筋を押しつけたりします。

悩んでいるお客様がお店に来た時は、その気持ちをそのまま受けることが大切です。

「なかなか決められないですよね。」と一言言葉を掛けて上げるだけでお客様の心をつかむことが出来ます。

「あなたの味方」「あなたの良きアドバイザー」という思いをお客様が感じていただければ、仕事はスムーズにいきます。

お客様はモノを買う時、自分は「間違いない選択をした」と思いたいのです。

その時「いい選択をしましたね」と背中を押してくれる人が欲しいのです。

お客様が買うか買わないか迷っている時は、買う気持ちが8割以上あるのです。

その時あなたの判断は間違いないですよと言っていもらうと安心して買います。

勿論その時売り手は、本当に知識と経験が豊富でなければ信頼は得られません。


このようなのとはすべての商売で言えます。

なじみの店とは良きアドバイザーがいる店であり、結果、足しげく通うことになるのでしょう。

形見分け

母が昨年亡くなり、形見分けをしました。

父が亡くなった時、私は父の時計とネクタイをもらいました。

服やシャツ等は寸法が合わず使うことが出来ません。

母の形見分けはどちらかと言うと妹たちの管轄なのかもしれません。

それでも私も形見分けとして茶道の茶碗を2個もらいました。


形見分けするというには意味があると私は思っています。

単なる財産分けではないです。

亡くなった人を忘れないためのものです。

いつも身に付けて、時あるごとにその人を思い出すためのものです。


父が使っていた時計はハッキリ言って私の趣味ではありません。

金色のその時計よりは、その前に私がしていた手巻きの腕時計の方が好きです。

でもあえて、いつも手首に巻いています。

少しシミの付いた使い古しのネクタイも使っています。

父のことを忘れなければ父も喜ぶでしょう。

そして、何かあった時、父はどう考えたのだろうかと思うことが出来ます。

父は欠点もありましたが、人間としても事業家としても尊敬していました。

ですから、何かあった時その腕時計に触ると、父の考えに立ちかえるキッカケになります。

形見を身に付けるのはそのためです。

いつも父に見られているようです。


母の形見分けは、やはり女性のものばかりで身につけるものはありませんでした。

それでもお茶碗をもらいました。

今度は母を偲ぶためにも、お茶をたててみようと思います。

2つありますから1つは自宅、1つは会社に置いておきます。

茶筅を回し、ゆっくりお茶を味わってみます。


母は生前、時々私がたてたお茶を、「お前がたてるお茶は美味しいね」と言って飲んでくれました。


やはり形見はその人を思いやる品物なのですね。

日本の貿易収支

昨夜は3人の仲間の勉強会をしました。

その中で日本の経常収支や貿易収支のことを改めて学びました。

その勉強の内容少し紹介します。


2011年度上期の経常収支は前年同期比46.8%減の4兆5196億円に半減しました。

東日本大震災の影響で自動車などの輸出が急減速して、貿易収支が赤字になったのが大きかったようです。

2011年上期は、自動車などの製造業の混乱で輸出が伸びなかったのと、原発停止に伴い、火力発電所の燃料の需要が増加したことが大きな要因です。

その為貿易収支は1兆2517億円の赤字になりました。

前年同期は4兆145億円の黒字です。


日本は貿易立国で、貿易収支は常に黒字でそれなりの伸びがあると、私は思っていました。

しかし、実際は違います。


経常収支の主なものは貿易収支と所得収支、それと赤字となっている経常移転収支とサービス収支の合計です。

経常収支は過去増加傾向にありました。

しかし肝心の貿易収支は、ほぼ毎年減少しているのです。

伸びているのは所得収支です。

2000年と2010年を比較してみます。

経常収支は12兆8755億円が17兆1706億円になり4兆2951億円の増加です。

貿易収支は11兆3719億円が7兆9789億円で3兆3930億円の減少です。

それに比べ所得収支は6兆5052億円が11兆6977億円となり、5兆1925億円の増加です。

所得収支とは外国から得た利子・配当や賃金などと、外国へ支払ったそれらなどの差額です。


また、2010年度の貿易収支が7兆9789億円だったものが、2011年の上期だけですが1兆2517億円の赤字になったということは大変なことです。

原発が停止になり、東京電力だけで燃料輸入が8000億円膨らむとなると、日本の9電力会社合計では何兆円にもなるのでしょう。

そして、企業も海外移転が急増しています。

これからは貿易収支赤字が続くのかもしれません。


所得収支のおかげで経常収支は黒字を保ちますが、所得収支は一部の個人や会社の収入で、あまり世の中に回ってきません。

国際価格が上昇している燃料価格も円高のお陰でまだ押さえられていうほうです。

1ドル100円位であったらもっと大変のことになっています。


昨夜の勉強会は良き社長を目指す社長の勉強会でした。

社長として日々の自社の経営ばかりでなく、世の中の動向、特に日本経済の先行きについても感心を持たなければなりません。

時にはこのような勉強会も必要だと考えています。

起業仲間

先日飲み会がありました。

私はいつも飲み会が多いのですが、この飲み会は以前私が講師をした「身の丈起業のすすめ」を受講された方々です。

皆さんはまだ起業はしていませんが、起業に興味ある人達です。


色々な話が出て盛り上がる中で、ある人の特技が分かりました。

書が上手く、書道4段ということです。

そこでその特技を生かして週末起業をしたらいいという話になりました。

色々なアイディアが出ました。

それを「ビジネスプラン」にするということまでなりました。

参加者は皆起業に興味を持っていますから当然です。

それで来月くらいには再度私の事務所に集まってビジネスプランを作り上げることになりました。


この書道をする女性のように、人知れず何か優れた特技や才能を持っている人は多いと思います。

それを本人に気付かせ、引き出して上げることが大切です。

以前にもブログで紹介しましたが、同じ「身の丈起業のすすめ」に参加していた女性は小説内容を紙芝居にして来ました。


起業したいと思う人は何かに挑戦している人です。

趣味を深めたり、興味あることを勉強したりしています。


飲んでいた同じ仲間の男性は私と同じ62歳ですが、韓国語に挑戦していて、日常会話は大丈夫だそうです。

その会話力で、観光ボランティアや韓国に行くツアーに同行してお手伝いをすることも出来ます。


色々なことに興味ある人達と共に酒を飲み、お互いの起業を応援する、そんな仲間作りはこれからもして行きたいと思っています。

もしかしたら近い内に皆で韓国旅行もあるかもしれません。

世界の政治経済

最近、経済関連の本を何冊か読んでいます。

欧州の経済混乱、アラブの春と言われる民主化運動、イランや北朝鮮の核問題、勿論日本の肥大化する国債高など世界中に経済を混乱させる爆弾を抱えています。

その状況の中で書かれている本の内容は様々です。

日本に関して言えば、今後益々円高になり1ドル50円台になるという人もいれば、逆に一気に円安になり150円位になるという人もいます。

それぞれの理論には裏付もあり、それぞれ納得させるものがあります。

ただ今の世界情勢をみると、どの予測を持っても思いがけない、想定外のことが起きる時代です。

ホルムズ海峡がイランにより閉鎖れれば、この海峡を通る石油タンカーは止まる恐れがあります。

日本の石油の80%はこの海峡を通っています。

一番影響を受けるのは日本です。

現在、ドイツ・アメリカ・日本の国債が買われているという報道がありますが、この海峡で紛争が起きれば日本の株も円も国債も一気に下がる恐れがあります。

中国の経済も落ち込んでおり、また情報としては共産党と人民軍との確執も表面化しているという話も聞きます。

また、日本の国債発行額が1000兆円を超えるとなると、海外からの国際評価が低下し、金利アップになるかもしれません。

何か一つの波紋が世界上の政治・経済を震撼させることも起きえます。


今、私が一番気をもんでいるのは日本の国債発行の増加です。

今年は世界中で大統領の選挙があります。

日本も総選挙があるという予想もあります。

選挙の時は政治家は「〇〇をします。□□もします。」とお金の出る話ばかり出してくるのではないでしょうか。

日本の税収が40兆円ほどしかないのに、支出は80兆円以上。

それにプラスして支出を増やすことになるのか。

もうそろそろ政府や役所頼りはやめなければなりません。

国民が1人1人自立する気構えがなければ、いつでも政府や役所に「オンブに抱っこに肩車」のままです。

社会保障費用も年間75兆円のうち40%が赤字国債で賄われています

40%と言えば30兆円です。

消費税を5%上げても10兆円の税収にしかなりません。

これからは社会保障費も聖域ではなく見直しされる必要があります。


優しいことはいいことだと思われてきました。

でも、そろそろ現実を見据えて、厳しいことを言い、指導する政治家が出てこないと、近い内に日本もデフォルテになるかもしれません。

心しておかなければなりません。


限られた情報の中でも、刻々と変わる世界情勢と、日本の政治・経済を見て、自分なりの予想を立てるのはいい勉強になると思います。


鹿の角

先日知人が来社し、鹿肉の缶詰をいただきました。

売られているのは一部の道の駅だけだそうです。

1缶600円ほどと少し高いです。

その知人はあるところから鹿肉を利用した商品開発、販路開拓等を任されています。


来社された時、相談が1つありました。

鹿の角の利用法です。

鹿の角を使った刀掛とかは映画で見たことがありますが、それ以外で利用したモノはあまり見かけません。

ただ漢方薬としては鹿の角は利用されています。

鹿茸(ロクジョウ)と言って強壮、強精、長寿の薬として使われます。

成長途上の柔らかい角を干したもので、角が伸びきると薬効がなくなってしまうそうです。

しかしこれも薬事法上の問題もありそう簡単ではありません。

簡単なのはアクセサリーでしょうか。

北海道土産を目指して開発するのが、より現実的かと意見がまとまりました。

角の先を切ってアクセサリーにしたモノはもう既にあります。

そしてそれは鹿の角1本から1つしかとれず非効率的です。

鹿の角を輪切りにして数多く作れるものを考えました。

検討の結果2つほどアイディアが生まれ、今度それを試作することにしました。

まだアイディアの段階ですので、ここで書くことはできません。

製品化した時はお知らせします。


北海道は鹿の害が多く50万頭以上いると言われ、鹿による森林・農業被害が増えています。

北海道庁も駆除するように計画を立てていますが、なかなか達成できていません。

ハンターの数が足りないのが原因です。

計画的駆除が出来るようになれば、鹿肉を食肉流通の載せれるようになるようです。


ハンター育成はそう簡単ではありませんので、これからハンター学校の設立も必要になってくるかもしれませんね。


3女の帰国

ホンジュラスに行っていた3女が帰ってきました。

青年海外協力隊として2年間行っていましたが、無事任務終了して帰ってきました。


ホンジュラスでは視覚障がい者のための職業訓練校でマッサージの指導などをしてきました。

娘の後の後任者は日本の青年海外協力隊からは派遣されていないそうです。

でも、現地の人をそれなりの指導員として育ててきたようで、暫くは大丈夫だろうと言っています。


帰って来た時娘が私に「これからしばらくはお父さんの身体を直して上げる」と言ってくれました。

私の体は昔から硬く、前屈しても手が床に届きません。

年とともにより硬くなっていました。

その身体を3日前から1回1時間30分ほどかけて指圧をしてくれます。

その指圧はとても痛いのです。

でも我慢です!

2回治療をしてくれていますが、何となく体が軽くなったようです。

これから針や灸の治療もあり、少し不安もありますが、しばらくは素直な患者でいようと思っています。

授業料の高かった指圧・針・灸の専門学校へ行かせたお返しを8年ぶりにやっと受けています。


今月の末にはまたイギリスに旅立ちます。

もう充分自立してしてくれていますので心配はしていません。

それまでの間は娘の治療を受け、楽しいお父さん気分を味わいます。


誠実な応対

昨日のブログで小売店や飲食店での応対について書きました。

今日もその続きを書きます。

お客様への応対は目の前にいるお客様ばかりではありません。

お客様が目の前にいなくても、お客様への心使いは持ち続けるべきだと考えています。

バックスペースに戻った時とか、食事をしたりする時に、あるお客様の話になったとします。

その時に〇〇様と言えるか、せめて〇〇さんと言っているか。

つい〇〇と敬称を付けなく呼び捨てにしていることがあります。


それを目にしても上のものは注意せず、時には経営者自身がそのような話し方をすることがあります。

論外です。

お客様サービスが大切とか、顧客第一と会社の謳い文句にしていながら、経営者がお客様を呼び捨てにしては示しが付きません。

顧客第一は会社の建前としか受け取りません。

経営者・トップが常に有言実行してこそ、社員が見習うものです。


先日、知人の税理士さんが毎月送ってくれる「事務所通信」にいいことが書いてありました。

大丸創業者の下村彦右衛門が残した「主人心得の巻き」というものが紹介されていました。

「自分が規則に反しておいて、下の者に規則を守らせようとするのは、とんでもないことであり、そういうことはすべきでない。」

「主人たるものは、自分の方から誠実さをもって人を使うことが大切である。

主人は不誠実な気持で人を使っておきながら、奉公人には誠実を尽くさせようということがあってはならない。」

このように昔から経営者の心構えの大切さが問われて来ました。


小売店、飲食店のサービス評価は会社の経営者の姿をそのまま映すのでしょう。


私語の無い店

小売店や飲食店へ行った時、私語のない店はいい意味の緊張感があり、私は好きです。

逆に、店員の愛想が良くても、客から離れると店の隅の方で同僚と笑いながら何かを話しているのを見ると幻滅してしまいます。

大事なことは笑顔はお客様に提供し、店員同士はあまり笑顔で話し込まないことです。

店員同士が私語も無く、てきぱきと仕事をし、受け答えする時だけに笑みを浮かべるのは見ていて気持ちがいいものです。

このように店は最近少なくなりました。


店員同士がペチャクチャ喋っている店は、お客様が少ない店です。

お客様が少ないから暇で喋っているのか、そう言う店だからお客様が来ないのか。

どちらにしてもオーナーや店の責任者の責任です。


知人が経営する回転寿司店は常に行列が出来るほど混んでいます。

そこではほとんど私語しているのを見たことはありません。

勿論そんな事をしている状況でもありませんが。

そこでは社員教育が徹底していて、常にお客様に注意が注がれ、例えば疲れたからと言って、少しでも壁に寄りかかると叱責されます。

有意注意が徹底されています。


若い頃よく行ったバーもバーテンダー同士の私語はありませんでした。

お客様が手持無沙汰にしていると、スーと近寄り話し相手になってくれ、1人になりたい時は、飲物を作る時以外はソッとしてくれます。

常にお客様の機微を感じ取っていました。

残念なことにこのバーは昔、火事になり無くなりました。


これからは自分が気に入る「お店」や「バー」を探してみようかと思っています。

自分だけの居場所作りです。


ところでどなたか、いい「バー」知りませんか?

お客様が求めているもの

「江戸と上方の大工仕事を比べて、古くはこんなたとえ話があったそうだ。

『江戸は100人の手間がかかっているようでいて、じっと見ると80人の手間しかかけていない。

上方は100人のようでいて実は150人の手間がかかっている』」

これは今朝の日経の春秋に書かれていたものです。

江戸は見てくれにこだわり、上方は人の目の届かないところまで手を抜かず、仕事をするということを言っています。

上方の大工の方がいいということです。


私はこの春秋を読み始めた時、最初江戸の大工の方がいいと書いているのかと思って読み進めました。

でも、そうではなく上方の大工がいいという話になっていました。

私はどうしても生産性や効率性を頭に浮かべてしまうせいか、つい江戸の大工の方がいいと思ってしまったのです。

その時代、その人の考え、環境によって、この江戸の大工と上方の大工の評価は1つではないように思います。

宮大工と普通の大工とは求められるののが違いますから、別の次元の話になるでしょう。


モノを作る時、手を抜くことはダメですが、手を掛ければいいというものでもありません。

お金を気にせず、いくらでも手間を掛けることは出来ます。

しかし、経済性を考えた時には、如何に生産性を高めるかというのも大切なものです。

より良いものをいかに高率良く低コストで生産するか。

手間を掛けて、人件費が高くなり、コスト高になっても求めれてているのものが同じであれば、人手を掛けただけ無駄になります。


20年ほど前に中国の合板製造会社に視察に行きました。

幅広い機械で丸太をかぶらむきのように薄くはいでいました。

機械1台にかかっている人は5~6名位。

同行した日本の製造会社に人に聞くと、日本では2名位で作業するそうです。

中国の工場側の説明では、丁寧に仕事をしていると言っていましたが、単に人海戦術だったのでしょう。

人手を掛ければいいというものでもありません。

今は中国でも効率を求めて、以前のようではない様です。


求められている者が何なのか芸術性なのか、職人技なのか、それもと低価格なのか。

これを受ける側が整理して、お客様と折衝しなければ、お客様が満足できるものを作ることは出来ません。

時としてこれがトラブルの元になります。

北海道の雪道

北海道の冬は雪道のため車の運転が大変です。

2~3年前までは結構除雪が行き届いていました。

昔のように車の車輪が雪道のワダチに埋まって動けないということも少なくなりました。

雪道から抜け出すためのスノーヘルパーの使用回数も少なくなってきました。


ところが昨年くらいから札幌市の除雪予算が削減されたのか、除雪・排雪の回数が少なくなっているようです。

メイン道路はいいのですが、少し脇道に入ると除雪が不十分です。

昔のように雪道のワダチがひどくなっています。

その為か最近は4WDの車が増えています。

私の車も4WDですがワダチに入っても抜けれないということは無くなりました。

これから北海道に住む人にとって4WDの車は必需品なのかもしれません。


そんな北海道の雪道ですから、それなりのドライバーの心得があります。

雪道で埋まっている車があれば、車を後ろから押して脱出させたり、雪で狭くなった道路で対向車と出会った時は譲って上げたりします。

不便だからこそ「お互いさま」という気持ちが生まれ、優しい気持ちになるのだと思います。

雪道の埋まった車を後ろから押す時は、空回りする車輪が巻き上げる雪がもろに当たり、押す人は雪だらけになります。

それでも文句言わず押します。

皆見知らぬ人同士ですが、脱出出来た時は皆が笑顔になり、「良かった、良かった」と言って別れます。

私は今までそれが当り前だと思っていましたが、考えてみるとすごく優しい人達だったのです。


最近雪道が良くなり、そういう機会が少なくなったせいか、マナーが悪いドライバーが増えたように思います。

狭い道を我先にと進む車もいます。

その車が仕事の車で、会社の名前入だったらどうでしょう。

その運転手は気付かないのかもしれませんが、私の会社は「このような乱暴な運転をしていますよ」と悪宣伝しているようなものです。

逆に優しい運転をして、道を譲ってくれた時は軽く会釈をして行くと、その会社の名前を見て「いい会社だな。今度買う時はこの会社にしよう」と思ったりします。

会社の経営者もこのことに気付き、運転マナーを徹底している会社もあります。


北海道の雪道は色々の事を教えてくれます

妻の仕事場

多くの男性にとって家庭は安らぎ・憩いの場所だと思います。

仕事から疲れて帰って来た時、家に電気が付いていて、冬の夜は家中が温かく、子供の声がします。

独身男性が結婚したいと思う要因となる家庭への憧れです。

家庭が安らぎ・憩いの場所だというのは、私達男性にとってそれが当り前でと思っていました。


昨夜久しぶりに妻と食事に出かけ、そのような話をした時、意外な返事が来ました。

「妻にとっては家庭は仕事場でもある」というのです。

私の妻は専業主婦です。

共働きの夫婦では違うのかもしれません。

この思いは専業主婦の言葉なのかと思います。

妻にしてみれば、夫が仕事で家にいない間、掃除・炊事・洗濯・子育てと仕事ばかりです。

夫は仕事が終わり疲れたと帰ってきて、安らぎ・憩いを求めても、妻はまだ仕事体制です。


最近の優しい夫は食事の後かたずけなどしてくれるのかもしれませんが、私も含めある程度の年以上の人はあまり手伝いません。

「妻の仕事場は家庭だ」という視点は、妻から言われて改めて認識させられました。

この認識がないと軋轢が生まれます。

安らぎ・憩いを求めてくる夫と、まだ仕事体制の妻とは気持の上で差が生まれます。

この差を夫が理解して上げることが大切です。


そしてその仕事場から解放させてあげることです。

一番は外出させてあげることでしょう。

夫婦一緒に外出したり、友人と遊びに行く環境を作ることが解放させることになるのでしょう。


私達夫婦は結婚30年以上経ちますが、昨夜は新しい発見がありました。

若干?遅すぎましたけれど。

魔法使いの少年

昨日の新聞にACジャパン(旧称:公共広告機構)の広告が載っていました。

見た方も多いと思います。


「魔法使いの少年」という題名で文章が掲載されていました。

「押しボタン式の信号が赤に変わり、私は車を停めた。

『間が悪いな・・・』

その時突然、魔法を掛けられた。

横断歩道をわたり終えた男の子が、こちらに向かって、ていねいに頭を下げたのだ。

少年の『ありがとう』のおじぎは、私を、対向車の人を、一瞬にして笑顔に変えてしまった。」

この文章はACジャパン作文コンクールに応募してきた作文だそうです。

「魔法使いの少年」という文章は読む人を一瞬にして優しい気持ちにさせます。


このように信号をわたってお辞儀をする子は実際私も見たことがあります。

でもこの作文を書かれた人の様なピュアな気持ちが無かったせいか、これほど感動的な思いはしませんでした。


家庭の教えなのか、学校の教育なのか判りませんが、そのように教えてもらったことを、実行しているのでしょう。

教える側は教えてその通りさせる。

子供は理屈より、教えられた大切なことを実行する。

これが教育の基本です。

小さい頃に教えられたことは、その人格形成に大きな影響を与えます。


私も小さい頃、祖父から地獄の絵を見せられ、「悪いことをすると地獄に落ちるぞ」と言われ、夜は怖くて寝れなかったことを覚えています。

その後悪いことをすると地獄に落ちるという思いは常にありました。


「成功への9ステップ」などの本を書いたジェームス・スキナーさんは本の中に、6歳の頃母親に連れられて元ヘロイン中毒者のところに連れられて行かれたと書いています。

1回その悲惨な実態を見てしまえば、麻薬などに魅力を感じたりすることは無くなると書いていあります

これは母親の子への教育の1つです。


小さい頃に学んだことはその人の人生に大きな影響を及ぼします。

「鉄は熱い内に打て」と言われます。


改めて小さい頃の教育の大切さを教えられた新聞広告でした。

椅子が届きましたが・・・・

昨年末にオークションで椅子を買ったことをブログで書きました。

その椅子が5日に届き、ワクワクした思いで梱包を解くと、椅子の脚がねじ穴を中心に大きく割れていました。

届くのを楽しみにしていただけにショックでした。

販売会社に「善処願います」とメールをしたのですが、いまだ連絡がありません。

宅配便会社にも電話したのですが、何度電話してもつながりません。


椅子が壊れた原因は配達の段階で起きたと推測します。

椅子の梱包はしっかりされており、販売会社は充分な処置をして発送したと思います。

ネット上で見る写真も脚が割れているようには見えません。

配送中に落としたりして、大きな衝撃が加わったようです。

ですから販売会社へのメールも非難じみたような事は書かず、事実を伝え、どうするかを尋ねたのです。

それでも連絡がないのです。

改めてその会社がネット上で書いている取引の取り決めを見てみると、「家具が破損した時は送り返してください。代金と送料は後で返金します」と書いてあります。

この一文が書いているので返事もくれないのでしょうか。


ネット上で売買をする時、このようなトラブルはよくあるでしょう。

だからこそ顔が見えない分、いかに信頼を得るよう努力を続けなければ、商売は長く続きません。

売った後のアフターフローこそが、次へつながる重要な顧客管理になります。


このようなトラブルはありましたが、私はこれからもいいものがあればオークションで買い物をするつもりです。

この椅子は縁あって私のところに来たので、返却するつもりもありません

割れた脚は今日これから修理するつもりです。

実は私の趣味の中には「家具修理」もあります。

この程度の脚の割れはほとんど判らない程度に直すことが出来るはずです。


これから直す作業が楽しみです。

割れた脚

Simple is best

昨日知人が来社されお話をしました。

その中で、昨年は大変忙しかったという話になりました。

でも、その人の話では忙しいだけで、それに流されただけのようでした。

自分のために人が知人を紹介してくれるということが多くあったそうです。

その折角の話を無駄に出来ないと思い、色々な人に会に行ったけれど、結局それだけで終わって仕事には結び付きませんでした。

紹介してくれた人は本当にその人のためと思ったのでしょうが、結局振り回されてしまったのです。


このような事は私も数多く経験しました。

自分の為だと思ってくれている人の好意を断れないのです。

しかし限られた時間を無駄にしては仕事の成果は得られません。


まだ読んでいませんが「断・捨・離」という本が売れているそうです。

モノを「断・捨・離」することは出来ますが、人を「断・捨・離」することはそう簡単ではありません。

特に自分のことを心配してくれる人を切ることはできません。


そんな時大事なのは自分が何が重要なことなのか、何をしたいのかを明確にすることでしょうか。

それを簡潔にし、人に伝える力をつけることです。

自分を支持してくれる人に、今自分が求めていることを明確に伝え、それに沿った協力を依頼することです。


往々にして方向違いの支援をしてくれているのは、支援してくれている人が悪いのではなく、お願いをする自分の考え方、希望、ベクトルが明確でないからです。


年の初めに当たって、「断・捨・利」のごとく、頭の中にある思いを整理し、仕事を単純化することを始めるといいのかもしれません。

仕事の能率が上がります。

それにより自分の仕事を人に伝えやすくなります。

仕事にも「Simple is best」の考えは大事なことと思います。

仕事始めにあたって

今日から仕事始め。

久しぶりに事務所に来てみると、年末掃除をしたこともあり、いつもの朝と違い新鮮な気持ちになります。

年末に生けた花も蕾からきれいに満開になっていました。

真新しい1年を感じます。


それと共に、色々な人が言われているように、今年は大変革の年なのかもしれません。

大変革は決して楽なものではありません。

逆に苦痛を伴うものです。

でもその辛さに耐えなければ取り残されていきます。

昨日の続きが今日明日とは続かないのです。

理屈では分かっていても、今までの社会環境が激変するのに耐えられるか。

これは各個人にかかってくると思います。

企業そして国など、誰かが何とかしてくれるという思いは捨てなければなりません。


今朝の新聞に換金困難な外貨を売り付けられて被害を受けている高齢資産家の記事がありました。

昔から欲得で被害を受けた話はありました。

そのような自己防衛が出来なく、警察や国民生活センターに泣きつくのは、甘えでしかありません。

これからは多くのことを自分の責任で選択し、進まなければなりません。

もう人のせいにはできません。


若い人達の就職難が新聞等で取り上げられていますが、一方外国人の企業採用が大幅に増えています。

外国人の多くは必死に勉強し、経験を増やしキャリアをアップさせています。

「誰かが何かをしてくれる」のを待っていないのです。


これからは自己責任を問われる時代になるのではないでしょうか。

日本はありがたいことに今まで「おくるみ」に包まれ、守られてきました。

でもこれからは、世界中が大変革していく中で、日本だけ特別に守られる環境ではなくなります。

「おくるみ」から抜け出し、これから迎える厳しさに耐えれる身体作りをしていかなければ、取り残されていきます。


今年は私達1人1人が自立していく覚悟の年だと思います。

2つの回転寿司店

今、末娘が帰ってきています。

久しぶりの帰郷です。

東京では毎日質素な食事らしく、帰っていてすぐに「お寿司食べたい」と言いました。

それを聞いて親としては、「よしわかった。すきなだけ食べなさい」と言って近くの回転寿司店に連れて行きました。


行った回転寿司店は少し変わっていて、寿司が乗っている回転台の上にはほとんどと言うか全然お寿司がなく、席も前にあるタッチパネルを押して注文する方式になっていました。

注文した寿司は回転台の上に設置されたレールの上を走る舟に乗って運ばれてきます。

これはもはや回転寿司店でなく注文寿司店です。


指定された椅子に妻娘と一緒に座り、早速タッチパネルを操作し、好きな寿司を注文しました。

とりあえず15皿ほどを注文しました。

4~5分経ってからウニ、サンマ、シャコ、サーモンは流れてきました。

しかし後はいくら待っても流れて来ません。

しびれを切らして店員に話そうとすると、妻と娘が「いいからもう少し待とう」と言われ、そこにあるガリを食べ、お茶を飲んで我慢していまいた。

結局30分経っても流れてこなかったので店員さんに、「30分経っても4皿しか流れて来来ません。待ちきれないのでオアイソしてください」と言って席を立ちました。

店員さんは「そうですかすみません」と言って、皿を数え伝票を切るだけ。

この系列の回転寿司店は美味しいので評判だったのです。

でも私はこの店には2度と行かないと思います。

機械化して効率的にと思ってタッチパネル式にしたのでしょうが、お客様側に立ったサービスではなく、運営側に立ったサービス思考に問題があるように思います。

私達と同じような思いをしたお客も他にいたのではないでしょうか。

残念な気持ちです。


満足にお寿司が食べれなかった私達は次の日(昨日)別の美味しいと評判の回転寿司に行くため、札幌駅まで出て行きました。

ここはいつもお客が並び、必ず1時間ほど待たされるとことですが、昨日は運よく30分位で入れました。

前日食べれなかった分を3人で好きなだけ食べました。

ここはネタは新鮮で大きく、いつ来ても満足出来るお店です。

そこには職人さんや店員さんの活気ある声が響き渡り、その声につられお客も明るい気持ちになります。


2つの回転寿司店に行き、「飲食店もサービス業」という思いを改め納得させられました。

人が第一です。


美味しい寿司の中でも一番うまかったのは「タチの軍艦巻き」。(タチは鱈の白子)

機会があればぜひご賞味ください。

朝打三千暮打八百

私の部屋には10年以上前から禅宗のお坊さんが書いたと言われる「書」を掲げています。

それには「朝打三千暮打八百(ちょうださんぜんぼだはっぴゃく)」と書かれています。

禅宗の言葉で、朝から晩まで警策(警覚策励の略)という樫の棒で肩を叩かれまくります。

私は禅宗でもなくまた、座禅の経験もありませんがこの言葉が気に入って掲げています。

それは自らを鍛えることを意味しています。

自分の心はほおっておくと悪さをしかねない。

常に自分に厳しくあらねばならないという教えです。


この正月の間、つい気が抜けがちになります。

今年のするべき目標をもう少し詰めて考えなければならないのが進んでいません。


やはり「朝打三千暮打八百」は私に必要な言葉と、今改めて思い知っています。


お正月

昨日は元旦でした。

元旦は「何もしてはいけない日」と言われていました。

その為何もしませんでした。

いつもするラジオ体操もブログ書きも。


私の小さい頃、大晦日にいくら遅く寝ても、元旦の朝は父に起こされ、「若水汲み」をさせられました。

年の最初の水を男の手で汲み上げ、それでお雑煮を作ったりお茶を飲んだりするのです。

本来は井戸水を汲むのでしょうが、私の小さい頃は水道栓をひねれば井戸水が出てきましたからそれほど苦ではありまません。

今は完全に水道水なので若水という感じは薄くなりました。


元旦はお雑煮やお節料理を食べ、初詣に行く以外は家にいてテレビを見たり本を読んだりして過ごします。

「元旦には買い物をしてはいけない」と親から言われました。

「1年の計は元旦にあり」といわれるように、元旦からお金を使うと1年間お金ばかり使うことになると言われました。


また、「1年の計は元旦にあり」と言われるなら、元旦から習い事や勉強をすればいいのですが、そのようなことはしてはいけないことになっていました。

事始めは2日なのです。

2日に書き初めをすると字が上手になると言われています。

初めてお風呂に入る初湯も2日です。

元旦からお風呂に入ってはいけないと言われました。


色々な元旦のに決めごとは我が家だけの決まり事なのかもしれませんが、1年に1日くらい普段と全く違う生活というのも本当にお正月らしくていいものです。


このような我が家の決まりごとも私の子供達の代では薄れていっているようです。

昔は2日が「初売」「初荷」の時でした。

今は元旦からスーパーが開いています。コンビニもあります。


便利なのは良いですが、だんだん正月らしさが薄れていくのが少し寂しいです。

大晦日

今日は大晦日ですね。明日は正月。

とは言え、私のところは今年母が無くなったので正月はありません。

また、子供たちも皆東京だったり海外だったりで、今年の大晦日は夫婦2人だけです。

今まで必ず子供がいたり父母がいて、正月を迎えていましたので今年は少し寂しいです。

でも、久しぶりに夫婦2人もいいものです。


大晦日になるといつも子供の頃を思い出します。

お正月が明日に控え、お年玉が楽しみな上に、大晦日の夜はご馳走が出ます。


子供の頃はお寿司や刺身などはめったに食べれなく、甘いチョコレートもたまに買ってくれても、1枚を4人兄弟姉妹で分けて食べました。

それが大晦日だけは特別でした。

すき焼き、刺身、それに子供たちにはチョコレートがまるまる一枚、ゆで卵が1つ、羊羹や口取りのような甘いモノが載ったお皿が1人1皿ずつあたりました。

それが嬉しかったことを今でも思い出します。

母は子供たちが大好物なモノを年を越す大晦日だけは特別に用意してくれたのです。

1人1枚のチョコレートなんてこの大晦日だけしかもらえませんでした。

大事なチョコレートは、少しずつ口に入れ、決して噛まず、舐めるようにして食べました。

そんな子供たちの様子を母はニコニコして見ていました。

その母も9月に見送りました。


今年の大晦日は妻と二人で、父母に感謝しながら、そして子供たちの来年の幸せを思いながら過ごそうと思います。


仕事納め

昨日は私の運営するレンタルオフィス「札幌オフィスプレイスの」仕事納めでした。

15時から私の事務所で納会をしました。

10名以上の人が集まり、皆が持ち寄った飲み物や食べ物をいただきながら、色々な話が出ました。


同じオフィスにいてもなかなか顔を会わせる機会がなく「やあ、久しぶりですね」という言葉が出ました。

皆さんの話を聞いていると、仕事が順調な人が多く、私も嬉しくなってしまいます。


最近私の顔を見て大黒様みたいだといってくれる人が何人かいます。

ただ単に太って丸顔だからなのでしょうが、私のレンタルオフィスに入居されている人達を支援する立場としては、こらからもより強力に入居者の事業の成功を支援・応援していきたいと思います。


来年度はどのような支援の仕方があるか、この正月休みにじっくり練っています。


「うだつ」が上がる年

今日は28日で私の事務所でも仕事納めです。

昨日、年末の挨拶ということでレンタルオフィスに入っている人が来ました。

実家が愛知県だそうで、正月も結構温かいそうです。

時には雪のない正月にあこがれる私としては羨ましくもあります。


その彼と話をしていると「今年から来年にかけては『うだつ』の上がる年ですね」と言われました。

「うだつ」とはご存じのように、屋根にある隣家との境界に取り付けられた土造りの防火壁のことです。

それなのに「今年から来年にかけて『うだつ』が上がる年」とはどう意味かと聞きました。


彼の話では「うだつ」は「兎辰」と書き、今年がうさぎ年で来年は辰年です。

うさぎ年の時はうさぎが飛び上がるように変化の多い年で、辰年は龍のごとく伸び上がって行く年ということだそうです。


今年は確かに色々なことがあり過ぎました。

世界でも日本でもどちらかと言えば、悪いことが多かったです。

来年こそは良い年になって欲しいと思います。

龍のごとく大きく伸び上がって欲しいものです。


ただ彼の話では登り龍もあるけど、下がり龍というのもあると言います。

是非とも来年は登り龍で、良いことが沢山起きることを願います。

オークションで買いました

昨日久しぶりにYahooオークションの家具を見ていたら、以前から欲しいと思う椅子があり、それを見て、すぐ入札しました。

入札締切期限は昨夜の12時でしたが、その前に入札をしてすぐ寝ました。

以前は欲しいと思うものを入札締切ギリギリまでチェックしていたのですが、ツイ熱くなり自分の見込み額を越して入札したということもありました。

それを教訓に、自分が買っていいと思える最大の金額を入れたら、それっきり見ないようにしています。


今朝パソコンを開いてチェックして見ると、運よく落札出来ていました。

自分が見込んだ金額より1万円以上安かったです。

落札したのはカンディハウスが取り扱っているスエーデンのSWEDESE社LaminoCHAIRセットです。

この椅子は勿論中古ですが上代価格の4分の1以下ではないでしょうか。

この椅子は50年以上続く世界でも人気の椅子です。


いい家具は長く使えます。

「時間に磨かれて良くなる」は私の持論です。

建物や家具、そして万年筆など消耗品でないモノはほとんど、手を掛ければ時間と共に、味わいあるものになります。

古くなると汚くなるという人がいます。

それは手入れをせず大事にしないからです。

自分が気に入ったものは手入れをします。

「時間に磨かれたモノ」はいくらお金を出してもすぐには作れません。


今までオークションで買った家具は10個ほどです。

全部中古です。

買った家具を雑巾で磨き、大きな傷は修理し若干塗装もします。

グラグラしたサイドテーブルを承知買ったこともありましたが、しっかり修理したので今はビクともしません。

でも、補修や塗装などはあまり手を掛けると折角の味わいが無くなってしまいます。


今、問題が1つあります。

今回買った椅子を置くところです。

どこに置こうかと悩んでいます。

家に置きたいのですが、椅子だらけになりそうです。

妻の同意が得れるか心配です。

優しい妻ですから許してくれるとは思いますが、とりあえず私の事務所に置こうか考えています。


ボディーアクション

「ポジティブに生きましょう」「積極的思考を持ちましょう」とよく言われます。

そのように生きることはとても大事なことです。

でも、人はいつでもそのような生き方が出来ているかというと、そうでもありません。

時として、落ち込んだり、自信を無くしそうになることもあるでしょう。

ネガティブな気持になったことが無い人はほとんどいないのではないですか?

人の心は弱く、すぐ落ち込みます。

でも、大切なのはそれを長く引きずらないことです。


各分野で成功している人達はその落ち込んでいる自分を早く立て直すことが出来る「方法」を知っています。

例えば、元気がなくなったらとんかつを食べるとか、神社に行ってお参りをするとか、マラソンをするとか、仲間とどんちゃん騒ぎをするとか、それぞれ自分だけの「アクション」を持っています。


もう1つ気持ちを切り替える簡単な「ボディーアクション」もあります。

人と話していて気持ちが重たくなったとか、チョット元気がないけれど、これからお客様のところに行こうとする時などに使うと効果的です。

人によっては指をパチン、パチンと数回鳴らすとか、鉄腕アトムのように両腕を肩のところまで上げてガッツポーズをするとか、人によって違います。

誰かのマネをしてもあまり効果はありません。

自分に合った「ボディーアクション」を見付けるのです。


私が最近見つけた自分の「ボディーアクション」は両手の掌を1分間位上に向け、その後に合掌するのです。

手のひらを上に向けていると両手にドンドンとパワーは入ってくるような感じがします。

両手に入ってきたパワーが合掌することで身体に回って行きます。


これはイメージの世界です。

そして私がそう思うからしているだけです。

それで気分がスッキリするのであればいいのです。


このように、裏付は無いけれど自分が信じる「ボディーアクション」を持っているといいですよ。

皆さんは、何か自分だけの「ボディーアクション」をお持ちですか?

電車を待つ時

昨日も外出をしました。

休みの日はなるべく外に出るようにしています。

昨日は街中に出る為、地下鉄に乗りました

電車に乗る時はいつも、チョット違和感を感じます。

ここ5~6年位前から感じています。


電車を待つのに、前から順番に並んで待つのですが、私より前に並んでいる人が、広い間隔を空けて立っているのです。

最前列の人は黄色い前線より1メートルほど後ろに立ち、次の人も2人分くらい空けて立っています。

その後ろに立つと、3人しかいないのに長い列になってしまいます。

もう少し詰めて並べばいいのにと思います。

いっその事、その空いているところに入ってしまおうかとか、「前に詰めてください」と言おうとか思うのですが、気の弱い私はまだ言っていません。

ただただ「なんなんだろう」と思ってしました。


私が勝手に前の空いているところ入っても何とも言わないのだろうか、入ったら怒るのか、怒っても何も言わないで我慢しているだけなのか。

「詰めてくださいと言ったらチャンと詰めてくれるのか、それとも無視されるのか。

何も予想がつきません。


人は自分以外の人に関心がなく、周りが見えていないのでしょうか。

自分の行動を俯瞰的に見ることが出来ないのでしょうか。

それで他人との関係がうまくいくのでしょうか。

極端に言えば何か重要なことが欠落しているのではないかとしか思えてしまいます。


利己主義と個人主義とは違います。

利己主義とは自分のことだけを考え、他人の事には無関心でいること。

個人主義は自分を大切にするためにも、他人への関心があり、他人の生活も認め、自分と他人の関係を俯瞰的にみることが出来ることです。

この違いが明確でないがために自分だけしか「居なくなって」います。


結果自分を大切にしなさいという考えが、個人主義ではなく利己主義になってしまうのです。


クリスマスイブ

今日はクリスマスイブです。

なぜか25日のクリスマスよりイブの方が嬉しいく思います。

サンタからのプレゼントへの思いがあったからでしょうか。


私の一番思い出のあるクリスマスはと問われれば、中学生の時、クラスだけで開いたクリスマスパーティーでしょうか。

中学生ですから47年前。半世紀前の大昔の話です。


何かの切っ掛けでクラスの教室でクリスマスをすることになりました。

その準備はすべて生徒たちだけでしました。

金額は忘れましたが、1人1~2百円位集めて費用分担。

飾り付けする人、お菓子を買う人、バックグランドミュージックを録音する人、会の運行を企画する人、それぞれ分担です。

私はバックグランドミュージック担当でした。

何日も前からテープレコーダーにクリスマス用の音楽を録音しました。

あの頃はクリスマスが近づくと頻繁にラジオからクリスマス音楽が流れていました。

ラジオにテープレコーダーのマイクを近づけ、その曲を録音するのです。

音を立てると吹き込まれてしまうので、静かにして録るのですが、時々ドアを閉める音が入ったりしました。

そんな雑音入りの「ホワイトクリスマス」「ジングルベル」「きよしこの夜」などのクリスマス音楽をリール式のテープレコーダーに録音しました。


24日は午前中からクラスの窓に暗幕を張ったり、クリスマスの飾りの星などを金銀の紙を折って作り、それを貼ったり準備します。

クリスマス会は午後1時から始まり、クラスのほとんどが出席したと記憶しています。

お菓子を食べ、ジュースを飲み、全員が芸をします。

踊りを舞ったり、歌を歌ったり、手品、皿回しなど多彩です。

うまい下手は別にして皆で盛り上がりました。

4時頃には終わり、クラス皆が名残惜しく帰って行ったことを覚えています。


クリスマスパーティの時は勿論担任の先生はいましたが、ほとんどが生徒が企画し準備し楽しみました。

24日は既に学校は冬休みです。

その学校でそんなクリスマスパーティ開催を許してくれた学校は寛大だったと思います。

当時の学校には校則などはありましたが、それ以外は結構自由にさせてくれる大らかさがあったと思います。

そんな中で学校生活が出来たこと、今でも心に残る思い出となっています。


聞くところによると今は宗教上の理由で、学校でクリスマスパーティーをしてはいけないということになっているそうです。本当でしょうか?

がんじがらめの環境では、自主性も、発想もそれと行動力も生まれてこなくなるのではないかと思います。


我慢をする時

最近新聞やテレビを見て思うことは、今の日本の財政がいつまで持つかということです。

日本の国債が943兆円を越してもうすぐ1000兆円になろうとしているのに、お金の出る事ばかり決められて、削減がほとんど進んでいません。

札幌では新幹線が函館から札幌まで延長になることが決まりそうだと盛り上がっています。

その費用は2兆円を超すそうです。

八ッ場ダムも建築継続が決まりました。

社会保障のお金も増えていきそうです。

毎年半分近く借金をして組む予算では2~3年で日本も破綻すると言う人がいます。

その可能性がドンドン高くなっています。


政治家は耳触りのいい話をします。

お金のかかることも簡単に「わかりました」聞いていきます。

国民に我慢しなさいと言った政治家はほとんどいません。

小泉元首相が米百俵の話をして我慢を強いたぐらいでしょうか。


来年は、もしかしたら衆議院の選挙があるかもしれないと言われています。

また、来年はアメリカ、ロシア、フランス、韓国の大統領選挙があります。

それぞれの国で、国民に甘い言葉を言い続ければ、お金が出ていくばかりです。


戦争の時はインフレ、平和の時はデフレと言われています。

イラク、アフガニスタンからアメリカ兵が撤退すれば、平和になり益々世界中がデフレになります。

インフレの時と違いデフレの時の政策は「小さな政府」「緊縮財政」が条件です。

なのに皆、相変わらずお金をばらまくインフレ時と同じ政策をとっています。


まるで大王製紙の元会長がギャンブルにのめり込んで行ったのと同じです。

悪いこと。直さなければならないと思いながら、ズルズル流され、目が覚める時は刑事事件になり拘置所に入れられた時です。

日本もズルズルと流され、気付くと経済が破たんし、全てのか金がストップしてしまう時です。

日本に個人資産が1400兆円を越すと言われていますが、70%が高齢者が持っています。

収入のない高齢者は、万が一の時その資産を使って生活するようになりますから、個人資産が一気に無くなることも予想されます。


早く「国民が国から何かをしてもらう」のではなく「自分達が何をするべきか」を真剣に考えていかなければなりません。

今は、「誰が悪い」と人のせいにするのではなく、「してもらう生活」から自立して、不自由・不便でも我慢していく時だと思っています。

そうでなければ子供・孫に対して申し訳がたないでしょう。


同士といえる支援者

起業する時、1つのアイデアだけ会社を始める人がいます。

でも、アイディアだけでは無理なのです。

アイディアがありそれを具体的に作り出し、それを売って利益を得る。

これが1サイクルです。


アイディアだけではいくら優れていても単なる絵空事。

そのようなアイディアだけを持っていて、後で誰かがそれに似たようなアイディアでヒット商品を出すと、「実は以前から私が考えていたことなんだ」という人が時々います。

それは何の意味も持ちません。


実際に素晴らしいのは思い付きのアイディアだけで終わるのではなく、それを具体的に製品として作り出し、それに付加価値を付けて商品として売り出すこと。そして実際に売れることです。


昨日東京の知人が来社されました。

色々のお話しの中で、いま彼女が商品化に取り組んでいる製品について語ってくれました。

「キエルーフ」という布製品でこれは制菌と消臭の二つの効果があるそうです。

これをバンダナやハンカチ等の商品にしていますがまだ需要が出てきていません。

知人の女性はこの「キエルーフ」の性能・効能に共感し、これを開発した会社の支援をするために、新しい商品を開発しようとしています。

新しい商品を探るため、色々な会社を訪問しているのです。

話を聞いていると、何とかこの会社を成功させたいという意気込みが感じられました。


1つのアイディアを考え出し、製品にすることは何とか1人でも出来ます。

しかし、それを商品として売り出し、収益が上がるまでは大変です。

1人で起業し、資本も人もいない中、いくら頑張っても限度があります。

すぐれたアイディアがで製品化しても、多くの起業家が挫折していく例は多くあります。

それは付加価値のある商品になっていないからです。

必要なのは先ほどの女性のようにその製品に惚れ込んで、一緒に広めてくれる同士を作って行くことが大変重要になってきます。

単なるコンサルタントではなく、一緒に広げていく同士と言える支援者が必要なのです。


昨日は起業者にとって支援者がいるということの重要性をを改めて感じました。

繁盛する店

一昨日、昨日と望年会が続いて、今日が今年最後になりそうです。

昨日は知人夫婦と牡蠣の専門店で食事しました。

この店は以前にも紹介したことがありますが、いつも混んでおり、予約しなければ入れないところです。

昨夜も70席ほどがいっぱいでした。


この時期は飲食店にとっては書き入れ時です。

どこの店でも入っているはずですが、全然入っていないところもあります。

何が違うのでしょうか。


昨夜の店はメニューも工夫が凝らされ、お客を飽きさせない内容になっていました。

そして知人を連れて行くと、皆が喜ぶ工夫があります。


昨夜私たちの給仕をしてくれた女性は機知に富む対応をしてくれました。

生牡蠣を1セット頼むと、人数に合わせて1つ増やしてくれたり、日本酒を「盛っきり」で頼んでも勢い良く入れてくれます。

その時「一言」言うのです。

「人数に合わせて1つサービスしておきました」

「盛っきり」で入れる日本酒もグラスから溢れさせ、受けの升にもギリギリまで入れてくれます。

その時一言。「本当は升の中間まで入れることになっているのですが、特別です。」

お客は得をしたという気持より、「特別」にしてくれたことがうれしくなります。

このようなサービスはその女性だけがというのではなく、きっと店の考え方としてその位のサービスを認めているのでしょう。

店の考え方と、それをサービスとして接客する人との意思の疎通がうまくいっているからなのでしょう。


美味い料理とお酒、それに自分は特別と思わせるサービス。

これが繁盛するこの店の重要ポイントなのでしょう。

素直にお願いをする

半月ほど前、千歳空港へ向かう電車の中で感じたことです。

朝一番に飛行機に乗ろうという人達で込み合う電車です。

札幌駅の1つ手前の琴似駅から私は乗ったのですが、ある若い人が座席に荷物をのせ2人分を占有していました。

私は天の邪鬼ですから、そういうのを見るとあえてそこに行って「すみません。座らせて下さい」と言うのですが、その横に空席ありましたのでそこに座りました。

札幌駅では、多くの人が乗り込んで来ました。

でも先ほどの若い人は知らんぷりで寝た振りしてしています。

立っている人も多くいたので、お節介でもある私は「席を譲って上げたら?」と言おうとしました。

でもその時「ちょっと待て!」という言葉が私の頭に浮かびました。

「私が言うことではない。座りたいと思っている人が自分で言えばいいのでだ」と。

それで暫く見ていました。


誰1人「すみません。席譲ってください」と言った人はいませんでした。

寝た振りの若い人も譲ろうとしません。

立っている人達は、時折彼の顔を冷たく見つめるだけ。


それを見ていると可笑しくなってきました。

して欲しいのに、して欲しいと言わない。

ただ相手が気付いて譲ってくれることだけを期待している。

人がしてくれるのを待っているのか。


素直に「済みませんお願いします」と言って、「はい。どうぞ」といえいる関係がいいのです。


もう1つ。以前私が経験したことです。

込み合う電車で吊革につかまっている時、ある駅でお婆さんが乗って来て、私の傍に立ちました。

その前に座っている若い人が友達とおしゃべりして気付いていないようです。

それでお節介の私は「すみません席を譲ってあげませんか?」聞くと、その若い人達はすぐ立ち上がり、どうぞと快く譲ってくれました。

お婆さんは申し訳なさそうにしながら座りました。

普通はここで終わりなのですが、続きがあります。

その後3つくらい後の駅で、先ほどの若者が私のところに来てこう言いました。

「先ほどはありがとうございます。気付きませんでした。教えていただいて良かったです。」と言って降りて行きました。

彼らが近づいてきた時、文句言われるかと思ったのですが、その逆です。

ビックリするとともに、「嬉しいな」という気持ちが湧いて来ました。

この時はお節介して良かったと思いました。

そして素晴らしい若者がいるモノだと、その日1日楽しかったことを覚えています。

今でも時々その時のことを思い出し、あの若者はいま何をしているのかと想像が膨らんでゆきます。



残念なレストラン

この土曜日と日曜日は久しぶりに夫婦2人でデートしました。

時間を気にせず、ゆっくり街を歩き、買い物をし、食事をしただけですが楽しい時間でした。

考えてみれば結婚して間もなく子供を授かり、5人の子育てが終わた頃から、両親と同居し、2人を見送るまでは、時間を気にせず2人で出歩いたことはほとんどなかったように思います。


このデートは運動も兼ねていましたので、1万歩歩きました。

運動も兼ねてはいますが、お昼は美味しいものを食べのも楽しみです。

土曜日は札幌中島公園を歩き、そこにある古い歴史的建物のレストランで食事しました。

あえて名前は出しません。


東京生まれの妻は、長年札幌に住んでいますが、この建物には一度も行ったことがないので、見学と食事をするのを楽しみにしていました。

結果は「ガッカリ」でした。

建物は明治天皇、大正天皇、昭和天皇も宿泊された迎賓館ですので素晴らしいものです。

「ガッカリ」なのはレストラン。

古い建物の1室をレストランに利用していて、テーブルには白い布クロス。

レストランの広さに比べテーブルと椅子が多く、狭く感じましたが雰囲気は良いです。

私達が入った時、お客は4名だけ。


出されたメニュー表はA4判の白黒コピー、それも何度も使われたようにヨレヨレ。

料理内容は道産牛を使ったステーキセットや白いカレーライス、スパゲッティ位です。

私はステーキセット、妻はスパゲティを頼みました。

ステーキセットはワンプレートで出されてきました。

ステーキといってもカルビ焼きの様なもので、それにサラダとライスだけ。

一瞬「アレッ!」と思いました。

これで1200円!?

スパゲティは味が薄いけれど普通並み。

ガッカリというより残念な気持ちになりました。

もっとメニューやサービスに工夫を凝らすと、もっとお客様が増えるはず。

これほどの歴史的建築物でレストランが出来るということは物凄い差別化が出来ること。

それを生かし切っていないことが悔やまれます。


サービスは1人しかいません。

その彼に聞くと、運営は民間会社だということです。官庁かと思ってしまいました。


翌日の日曜日は札幌の街中にあるホテルのレストランで食事しました。

入店待ちのお客がいて20分ほど待たされて入りました。

ここの料理、サービスとも素晴らしいものでした。

土曜日のレストランとほぼ同じような料金で、焼き立てパン、サラダ、肉料理、デザート、コーヒーまで、満足する内容でした。

このレストランが、先ほどの歴史的建物で営業すれば、予約しなければ入れないほどの人気が出ることでしょう。


レストランやホテルは「第1に立地、第2に立地、何は無くても立地」と言われる位、営業する場所に影響されます。

でも最終的にはやはり人間力です。

同じ場所で営業しても、運営する人間が違えば「月とすっぽん」ほどの違いが出ます。


今思い返しても残念です。

あの歴史的建築物のレストラン、チャンスがあれば私が経営したい位の思いにさせられました。

三浦知良さん

先日の新聞に三浦知良さんの手記が載っていました。

三浦さんは皆さんご存じのように日本のサッカーの有名選手です。

現在は横浜FCに所属し、日本の最年長プロサッカー選手。


私はサッカーには興味がなかったのですが、三浦選手だけは知っていました。

絶頂期の若い頃、彼がシュートを入れると、「カズダンス」を踊っていました。

テレビでそのシーンを見て「軽薄な奴」と思っていました。

(フアンの皆さん。申し訳ありません。)


その彼が半年前のテレビで、自分の肉体をベストに維持するために、、毎日自分に課しているトレーニングが半端でないのを見ました。

そして今回の手記を見て、改めて凄いと感心しています。


その手記を紹介します

今回の手記の題名は「サッカー人として」です。

「横浜FCはJ2の18位に終わった。これが現実、力不足。

『こんな成績ですみません』。こう言いがちになるけれど、僕はそういう言葉は言いたくないし、これまで使わないようにしてきた。

ふがいない成績をたたかれ、罵声を浴びても仕方がない。

ただ、プロが『ごめんなさい』と発言すべきなのは、自分が怠け、努力をせず、いい加減に日々を送ってきた時のはずだ。」

「結果を認める。責任も負う。でも謝るのは少し違う。謝るべきことのないよう、常に自分の出来ることはすべて毎年してきたつもり。だから僕のサッカー人生に『すみません』の文字は無い。

では謝るより何をするのか。

『さらに自分を高めていくしかない』と、いつもそこへ行き着く。」


この手記を読んで改めて三浦さんの真摯で求道的な生き方を見た思いです。

やはりプロとはそういう人でなければならないのでしょう。

簡単にごめんなさいというのは素直に見えますが、単に「努力しなかった自分を許して下さい」の意味でしかないのです。


経営者もそうです。

会社を倒産させ、「ごめんなさい」では済みません。

どこまで真剣に経営に向き合うか、その姿を三浦さんが示してくれたように思います。


その三浦さんが先の手記の最後に「『いつまでやるの?』『ボロボロになるまで』―――。

じゃあ肉体も精神もボロボロになるまでやって、その後生きていけんのかなとも思うけれどでも、それで楽しんだよね」

ここまで生き抜ける精神力に本当に脱帽です。

高くても売れる

「100円のコーラを1000円で売る方法」という本が新聞の広告欄にのっていました。

この本は読んでいませんが、以前読んだ「球場のビールはなぜ800円でも売れるのか」と同じような内容でしょうか。

改めて商売の原点を考えてみました。


売れないから安くするのか、それとも最初から安くしないと売れないと思うから安くするのか、どちらにしてもモノの売値が安くなっています。

でも100円のコーラが1000円で売れるのはなぜ。

800円でも球場では生ビールが飛ぶように売れるのはなぜ。

それは当り前のことですが、お客様が高くても欲しいと思うからです。


夏に山を登って行くと頂上付近に茶店があり、冷たいジュースやコーラが地上の何倍も高い値段で売られています。

スキーをに行ってヒュッテで食事をしようとすると、温かい豚汁が結構高い値段で売られています。

これらは必要とされているところに、必要とされるものを出すから高い値段で売れるのです。

言われてみれば当り前のこの事ですが、それを忘れ工夫をするのを怠って、売れない売れないといって言っているように思います。


以前のブログで「てんびんの詩」というビデオの話を書きました。

天秤棒商売は商売の原点です。

必要とされる場所に必要なモノを天秤棒に吊るして運び、それを売り、その代金で新しく商品を仕入れ、それを必要とするところに運び売ります。

その利ザヤの積み重ねで持ち金を増やし、店を構えることが出る商人も出るようになりました。


天秤棒商売の発祥の地、近江八幡市の観光ガイドにこのことが詳しく書かれています。

要約しますと、近江八幡は天正13年に豊臣秀次が八幡山に城を築き・開町した事に始まります。

城主の秀次は、理想に燃えて町づくりに励みましたが、秀吉により清州(きよす)の城主に移された後、切腹させられました。

それは近江八幡が開町後わずか10年目のことであり、八幡城は廃城の悲運に見舞われました。

城下の商人達は、城主からの庇護(ひご)やその他の特権を一挙に失いました。

ゼロからの再出発です。


彼らは肩に天秤棒をかつぎ、あるいは商隊を結成して全国に行商に出かけ、新しい市場を独自で開拓しなければなりませんでした。

こうして近江八幡は町人を主体とする町に生まれ変わって行ったのです。

近江商人が取り扱った商品は最初の頃、畳表、蚊帳、数珠などの地場産品だと言われます。

それらを関東で売りさばき、その代金で現地の紅花(化粧品の原料)などを仕入れ、それを京都に持ち込んで売りさばきました。

さらにその代金で京都の古着を買い入れ、全国各地に売り歩き、その代金でまた、土地の産物を仕入れるという商売をしました。

これが「のぼり天秤」「くだり天秤」と言われる無駄の無い往復商売です。

必要なところに必要なモノを運び売るのです。

やはりこれが商売人の原点ですね。


世の中、来年に向かい激動が予想されますが、この商売の原点を忘れず、広く日本・世界を見渡すことで新しい商売の道筋が見えてくるように思います。

「どこで」「誰が」「何を」必要としている、今改めて見直してみてはどうでしょう。

的確な情報

昨日も忘年会でした。

風邪もお陰様で良くなり、連日続く宴会も何とかこなしています。

昨日の会場はいつもだと予約しなければ入れないようなところでしたが、空席が結構目立っていました。

今は忘年会シーズンのはずです。

聞いてみると震災の影響で忘年会を控えている人が多ということでした。

震災の人達を思う気持ちは分かりますが、もう私たちは普段通りの生活をしていいと思います。


心のどこかに忘れてはいけないものを抱えながら、一方でするべきことをして、復興する力を発揮しなければならないのです。


テレビなどを見ていると震災被害のその後の報道があります。

しかし、東北経済復興はどうなっているのでしょうか。

知りたいと思っていました。

知人からの話では仙台は復興のお金や人が集まって、経済が対前年で120%の伸びだと聞きます。

ホテルの予約も取れず、繁華街では人であふれ返っていると言います。


それでは福島市はどうなっているのでしょうか。

仙台市より被害の大きかったところですが、その後の復興状況・経済状況が良く分かりません。


来年2月に何人かで仙台に行くことになりました。

その時に幹事が呼びかけた「文句」が「復興著しい仙台を見に行きましょう」でした。

それに対してメンバーから不謹慎だという声がありました。

幹事は恐縮していましたが、私は問題ないと思います。

事業をしている者は経済の動きに敏感でなければなりません。

被害者の心を思いながらも、一方で事業者としての仕事もする、その両立は可能です。

景気や事業の話をするのを押さえる必要はないです。


もうそろそろ、報道ももっと公平で的確な情報を伝えて欲しいと思います。

いまだにフィルターを通した情報ばかりのように思えています。

学生と資格

昨日の日経新聞に学生と資格について特集が書かれていました。

就職に有利だということで資格を取る人が増えています。

昨年10月にリクルートが大学4年と大学院生758名に資格の有無を尋ねたところ、7割の人が「ある」と答えたそうです。

定番の運転免許が一番多いですが、TOEICや簿記などのビジネス系の資格も多いです。


資格を取る学生が増えているのは、就職での武器として使えるからとい考えが大きいようです。

学生にしてみると、履歴書の資格欄が真っ白だとそれだけで落とされてしまうという不安があるようです。

そのため、就職業界に詳しい人の話では、将来のキャリアプランを明確に描けない学生にとって、資格を取ること自体が目的化していると指摘されています。


その傾向に対して企業側は冷めた目で見ているようです。

面接の時、なぜその資格を取ったのか、どう生かすつもりなのか、その質問にきちんと説明できないと、自分に自信がないから資格を取ったのでゃないか、逆にマイナス点になる時がると、ある面接官は言っています。


ユーキャンという会社はテレビで、資格があれば今のみじめな人生がばら色に変わるというイメージ広告を出していました。

罪な広告です。


下手な資格を取る位なら、いっそ1人旅に出たらどうでしょう。

1~2ヶ月間、1人で外国旅行してみるのです。

出来なければ国内でもいいです。

貧乏旅行をしてみると、人の温かさが分かります。

色々な人に出会って見聞が広がり、その人間性も高まるはずです。

1人旅の1番の収穫は自信が生まれることです。


もう1つ学生にしてもらいたいのはカーネギーの「人を動かす」という本を読むことです。

この本の事は以前にもブログで書きましたが、極端に言うと人生が変わります。

何回も読み返し、自分のものにすると、その人の考えが変わります。

しっかりした考え方が出来た人間ならば、企業側も喜んで採用します。

一層、大学の就職支援の一環として、学生に「人を動かす」の本を読ませ、その感想文を書かせるなどした方が、実のある支援になるように思います

運をつかむ

以前読んだ本に面白いことが書いてありました。

「人生を変える7つのサイン」というものがあるそうです。

1.リストラ、仕事の行き詰まり、売り上げの急減

2.自分や家族の病気、事故

3.お金トラブルや破産

4.人生の退屈感

5.物事の完了

6.男女関係、人間トラブル

7.他人のライフワークに触れた時

この多くは人生における衝撃(ショック)ですが、4番目の「人生の退屈感」や5番目の「物事の完了」は幸せな転換です。


確かに自分が何か始める時は、何かが自分の周りで起き、それに急かされるようにして始まることがほとんどです。

その時は「する時が来た!」と言って、すぐに動き始めることです。

それによって自分の運をつかむことになります。


運を逃す人は往々にして鈍感な人です。

また素直でない人です。

折角のサインを見逃してしまうか、たとえ分かっても素直にそれに従わないかです。


形は違い、状況も違うかもしれませんが、チャンスは皆平等に来ると私は思っています。

そしてそのチャンスは人それぞれに合せられた「オーダーメイド」です。

ですから人のチャンスを見て羨んでもそれはあなたには合いません。

今の自分だけに適したチャンスが来ます。


運は「年末ジャンボ」ばかりではありません。

運が来たらしっかり捕まえて人生のステージアップをはかりましょう。


後の喧嘩、先にしろ!

今日は起業家の話をします。

起業する時1人で始める人は多いと思います。

しかし1人で始めると孤独を感じ、仲間を見付けようとします。

異業種交流会や、サークルなどで人との出会いなどを探します。

そんな時自分の考えに賛同してくれ、自分の仕事の助けになる人が見つかることがあります。

これはラッキーなことです。

それでその人と共同経営者という形をとる人がいます。


以前にも書きましたが、共同経営者等の形を取ると、ほとんど成功しません。

起業家が始めた事業を共同経営者が牛耳るという形が多いからです。

起業家が自信がないあまり、共同経営者に頼り過ぎるからです。


自分の足りない部分を補うのに人を入れるのはいいことです。

ただし、その時は職務の分担を明確にすることです。

そして経営に関する分野は決して任せてはいけません。

どんなに自分が不得意だと思っても、経営に関する仕事は手放してはダメです。


もう1つ、共同経営者にならなくても、それぞれが会社として共同して仕事を進める協力関係を築くことも出来ます。

この時は「どのような仕事を」「どのように進め」「利益分配はどうするか」「契約は〇年〇月までとして、その後見直す」等の業務契約書を作るべきです。

最初は単に仲良しの仲間意識で始めると、当初は良いと思った内容でも、だんだんと不満を抱くようになります。

結果、感情のもつれを招くこともあります。


起業家は、この世の中、全て契約で動くということを良く認識してください。

最初に面倒でも決めごとをしておけば後が楽になります。


「後の喧嘩、先にしろ!」です。

5感

数日前、妻が父や母の遺品を整理していて、昔の写真を見付けました。

父や母がまだ独身時代の写真でした。

父も母も驚くほどいい男いい女で、成程、だから私が生まれたのだと納得しました。

私が小さい頃に亡くなった母方の祖父は、今の私にそっくりだというのもびっくりしました。

写真というのは画像で記憶を残しておくもの。


記憶を残すと言えば、音もそうです。

NHKラジオの「日曜あさいちばん」でラジオ体操の後、流れてくる「音にあいたい」のコーナーというのがあります。

リスナーが「この音を聞くと懐かしい過去を思い出す」と音をリクエストするというのものです。

「朝の港の市場のにぎわい」とか「稲を刈って皆で脱穀機を使っている時の音」等、実際自分が聞いた時の音が流れるのではないのですが、その時に似た声や音を聞くだけで、過去の1場面を思い出すものです。


味覚も、食べていると懐かしい味に出合い、おふくろの味を思い出すかもしれません。


嗅覚も記憶を思い出すことがあります。

ふと流れる臭い、また特別臭いはないけれど、空気の香りを嗅いで、甘酸っぱい青春時代を思い出したりします。


人間の五感の中で、過去の記憶を知るものと言えば、視覚、聴覚、味覚、嗅覚でしょう。

その4感は過去をたどる方法を持っていますが、触覚だけは無いようです。

何かを触って昔を思い出すということは無いように思います。


逆に言うと触覚は触って初めて感じることが出来ます。

触感は5感の中で「現実確認」出来るただ1つの感覚なのかもしれません。

他の4感のは先に述べましたように、過去のものと現実が交錯する時があります。


物を買う時、触って確認するというのが通常行われてきました。

特に女性は触らなければ決して買わないと言われていました。

ところが今は、洋服や、靴をインターネットで買う人が増えています。

触らないで買っているのです。

パソコンの画面を通して、写真や商品説明だけで買っているのです。

そう言う傾向は益々増えていくことでしょう。

良さそうに思う、より感覚的な判断で購入するという感覚的購買が増えていくのでしょう。

もしかしたらこれからのマーケティングも変わって行くのかもしれないですね。


休日で、寝て頭が朦朧としていた時に思いついたことを書きました。

少し支離滅裂だったかもしれません。


健康第一

ここしばらく体調があまり良くなく、この1週間はちょっと大変でした。

折角の2回あった亡年会も何とかこなしたような状態でした。

いつもだと、大いに飲み食いして、2次会にも行ったかもしれないはずでした。


体調と思考は同調するようです。

どうしても体調が悪いと思考もマイナスに向かいがちです。

「健康な体に健康な精神が宿る」というのは本当です。


健康な身体を保つ方法は年と共に変わってくるようです。

若い頃のつもりで薄着でいると風邪をひく。

バイキングに行っても飲み食いする量は限られている。

年を自覚するということは、健康を守る原点なのかもしれません。


今日明日は静かにして暮らします

約束は守る

先日の日経新聞「春秋」の中に書いてあったコラムを読んでの感想です。

「この1週間、のどに骨が引っ掛かったような感覚が抜けない。前沖縄防衛局長の不適切発言に関してである。あの暴言を明るみに出したメディアは正しかったのか」というものです。

なぜこのコラムが気になったかと言いますと、メディアがメディアの報道方法に対して自己批判しているからです。

メディアが自己批判するというのはあまりありません。

前沖縄防衛局長が発言した内容は暴言です。

「沖縄県知事は『口が汚れるからコメントしない』と吐き捨てた。こちらも紙面を汚したくない。

気になるのは1点、暴言がオフレコの場で出たということだ。

オフレコとは、発言を記事にしないとの約束を前局長と記者たちが前もって交わしたという意味だ。そしてその約束が守れなかった。」

「前局長の発言をはじめに報じた琉球新報は、発言を沖縄県民に伝えることを優先した。

『報道には公共性、公益性がある』。そんな考え方も良く分かる。それでも腑に落ちないものが引っかかる。

過ちかもしれないが、約束はしてしまった。

ならば、相手が官僚、政治家であれ、守る。そう言う原則を貫くことも大切ではないか」と書いています。


昨日のブログでも約束は守るという話を書きました。

報道の自由さを尊ぶのか、約束を守るという信義を重んじるのか。

その内容の重大さにもよるのかと思います。

またその重大さの判断も人によって違います。

でも、記者たちにしても、約束を守るという基本的なことが成されなければ、内輪の話を聞ける環境になかったと思います。


異論はあると思いますが、私もこのコラムに書いた内容に同調します。

約束は守らなければなりません!


小さな約束

今日は「約束」について書いてみたいと思います。

皆さんも私も、過去多くの人と約束をしたことあると思います。

そして、守れた約束、守れなかった約束、忘れてしまった約束、守れないのにしてしまった約束等あったはずです。

人の信用はその約束を守る人か、平気で破る人かで大きく違います。

人間ですから時として忘れてしまうことはあります。

そのことで、私が若い頃伯父から言われたことがあります。

「おまえが憧れの彼女とやっと最初のデートが出来る時、その日と時間場所は忘れないはず!約束を守るか守らないかは、約束事にどれほど真剣に意識を持っているかどうかにかかっている」と。


約束には「大きな約束」と「小さな約束」があります。

彼女とのデートは「大きな約束」です。

仕事でもお客様訪問時間も「大きな約束」です。

商品の納品・発送日、支払期日の厳守等、仕事の上では数え切れないほどの約束事だらけです。


「小さな約束」は子供と遊ぶ約束だったり、友人に「○○を貸してあげるね」のようなものです。

つい忘れてしまうことが多いです。

でも「小さな約束」は約束した人が忘れても、約束してもらった子供や友人は忘れません。


人の信用とは意外にこの「小さな約束」を守れるかどうかにかかっているようです。

仕事上などの「大きな約束」は忘れたり守れなかったら大変です。

だから「大きな約束」は誰でも守もるのが当り前になります。


でも何気なくした約束はつい忘れてしまう人が多いです。

「今度一緒に飯食おうよ」と誘ったり、「今度遊びに行きます」と言ってもつい忘れてしまう。

そのような約束は別れる時の常套句になっているようです。

でもそんな時、本当に食事誘いの電話があったり、遊びに来てくれたりすると、「アッこの人忘れていなかったんだ!」という小さな感動が生まれます。


このように「小さな約束」を守る人ほど、他の人と比較して信用度は高くなります。

自分の信用を高める方法として、あえてこの「小さな約束」をたくさんして、それを1つずつ果たしてみたら如何ですか?

「マメな男性は女性にモテる」というのも、そういうことにあるのかもしれません。


皆さん、もう一度身の回りを見回して、忘れている「小さな約束」ありませんか?

奥さんに「今度指輪買ってあげるよ」と言ったの忘れていませんか?

(アッ!それは私です!)

自立した生活

私は毎朝、起きて出勤するまでの時間はある程度決めて行動しています。

ですから、大体同じように時間に家を出ます。

多くの人も同じ出勤状況ではないでしょうか。


人によっては、起床から出勤までの時間内に毎日運動したり、本を読んだりする時間を取って、それを習慣づけている人もいるでしょう。

私は最近起床時間が遅くなり、5時50分起床し7時過ぎに出勤しますが、その間2つの事を必ずする習慣があります。

毎日決められたことを必ず行う人は、それをすることで安心を得ます。

それにより自分の毎日のモチベーション維持にも役立っています。

毎日自分の責任を果たしています。


一方、そのような束縛を嫌う人がいます。

決められたように生きるのが辛いと思う人がいます。

好きな時間に起きて、好きな時に働いて、好きなことをすることに喜びを持つ人です。

そのような人には普通のサラリーマン的生活は耐えられず、ドロップアウトしていきます。


勿論、人として自由に生きるべきで、どちらが正しいかと比較してもあまり意味がありません。

自由な生き方をする人の中には、小説などの作家となり、自分のペースで仕事をしている人もいます。

芸術家の中にもそういう人もいます。

そのような生き方をしてもそれなりに結果を出し、責任を持った生活が出来ればいいのです。


生き方は自由です。

ただ、その結果につについては自己責任を負うべきでしょう。

その結果貧乏になったから、誰かに頼らなければ生きていけないというのでは意味がありません。

自分に厳しく、懸命に頑張っている人が多くいる中、自分に優しく安易な生き方をしている人もいます。


どのような生き方をしようと、人として自立できる生き方こそが大切です。

最近思うことです。

盛和塾台湾開塾式

昨日まで辛かった風邪も、お陰様で少し良くなって来ました。


今日は先日台湾で行われた「盛和塾台湾開塾式」の様子を書きます。

会場は台北の「圓山大飯店」で行われました。

ここはグランドホテルとも言われ、台湾でも由緒あるホテルです。


開塾式は2日の14時から始まりました。

2時間ほど台湾の塾生の自己紹介があり、それに引き続き稲盛さんの話。

今回の題名は「人生について思うこと」でした。

人生をいかに生きるかです。


以下は稲盛さんが話した中で私がメモした内容です。

人は自分を管理する時「健康管理」「知的管理」「心の管理」をしなければなりません。

人は運動したりする「健康管理」や、英語等を勉強する「知的管理」は良くしますが、「心の管理」をする人は少ないのです。

でもこれがとても大切なことです。


心の思った通りのことが自分の周りに現象となって現れてきます。

有名な英国の思想家ジェームス・アレンもその著書の中で「心の中に生えた雑草を刈り取り、きれいな花を植え、花園を造らないければなりません」と書いています。

人生とは「運命という縦糸」と「因果という横糸」が紡ぎ出すものです。


また人間には「真我」と「自我」があります。

「真我」とは愛と誠との調和に満ちたもので、「真・善・美」という言葉で表すことのできるものです。

「自我」とは本能に基づくもので、自分だけ良ければ良いというものです。

「憎悪」「嫉妬」「強欲」「虚栄」「猜疑心」「自己愛」などと表現されます。

この「自我」を如何に抑えるかが大切です。

でも、これはモグラたたきのように、いくら叩いても出てくるものです。

何度も叩きながら、少しでも「真我」を追い続けるそのプロセスこそが人格を高めることになるのです。


その他にも西郷隆盛の言葉を書き遺した「南州翁遺訓」に書かれている「自分を愛することは間違いの第一なり」という言葉も紹介していました。

約1時間30分ですが、皆真剣に聞き入っていました。

ただ、今回の講演は中国語と日本語の同時通訳でしたので、どこまでうまく中国語に翻訳されて伝わったかという心配はあります。

というのは、中国語の日本語への翻訳が怪しかったものですから疑ってしまいます。


この講演の後、会食になったのですが、この時に私の声が出なくなってしまいました。

14時から17時30分までの間の3時間30分の間です。

自分でビックリしてしまいました。

気温は15度位の、この時期台湾でも寒い日でした。

それなのに天井から冷風が流れ込んで来ていましたので、それにやられたのだと思います。

知りませんでしたが、台湾ではホテルも、車も勿論家庭にも暖房設備はないそうです。


今回の旅は大変実りあるものでしたが、風邪をこじらせたのが大変悔やまれます。

風邪引きました

今月の1日から昨日まで台湾・台北に行って来ました。

この間ブログが書けませんでした。

第1日目は8時発の飛行機に乗る為4時30分起き。

時間的にどうしてもブログは書けませんでした。

日本出発前から喉の調子がおかしかったのですが、2日目は完全に風邪をひいてしまい、その上行事が8時過ぎから始まり、ブログ書けず。

風邪は出発前の夜3時間ほどしか寝れなかったせいだと思います。

風邪は咳がひどい上に、とうとう声まで出なくなりました。


今回は初めての台湾旅行でした。

その目的は盛和塾の台湾塾開講式に出席するためです。

台湾の塾生が160名に対して、日本から300名近くの人が参加し、札幌からも10名ほどの人が行きました。

大変楽しい旅行でしたが、風邪のためそれが充分エンジョイ出来なかったことが残念です。

今日もまだ本調子でないので、ここまでにします。

この旅行についてはまた改めて書きたいと思います。

年をとって思うこと

60歳を過ぎ、考えるようになりました。

年をとるということは?

年をとる意味は?

赤ん坊としてこの世に生まれ、育ち、20歳を過ぎた頃が人間として一番人生を謳歌する頃でしょう。


もしも許されるなら、その元気な20歳代のままの身体で、70歳80歳まで生き、ある時寿命で死んでいくというのが理想的。そう思う人が多いのではないでしょうか?


今、アンチエイジングとか若さを保つための健康食品、化粧品が大変売れています。

60歳の女性が30歳代に見られて、喜んでいるのもテレビでよく見ます。

いつまでも若く元気で行きたいと誰でも思います。


では、なぜ神様は死ぬまで20歳代の身体的状態のままにしてくれなかったのか、それを少し考えてみました。

それはこの世に生まれ、愛情を沢山注がれる赤ん坊の状態から、年をとってシワだらけになり、腰も背中も曲がり、目も耳も悪くなり、時には人に助けてもらわないと生きていけない状態の老人になって死んでいきます。

その意味を考えてみました。


可愛いだけの赤ん坊。

小学生・中学生のやんちゃ盛り。

高校生から20歳代の思春期は人を愛するようになり、

30歳代から仕事を通して世の中の役に立ち、

40歳50歳代は物質的・精神的な蓄えをし、

60歳代はこれからの人生を人のために生きようと考え、

70歳以上は過ぎた自分の人生を振り返り、反省と満足を感じながら死んでいく。

これらすべてが人間として生きる意味であり、それが人間の修行なのかと考えます。


人から愛される時があり、人を愛する時があり、人のために頑張る時があり、人からお世話を受け生きる時がある。

若い頃は麗しいく、人から羨ましがられた美貌の人も、シワだらけになり悲しむ人になるか、

顔はシワだらけでも、心は凛として、すがすがしい生き方をする人になるか、

これら全てが人生であり、修行だと思えば生き方が変わってきます。

死ぬ時、どんな生き方をしたか。

それが大切です。

それを、人知れず自分だけで納得していけばいいのでしょう。

自立する

最近思うことがあります。

優しさは無責任を伴うのではないだろうかと。

「優しさ」=「甘やかし」の形が多くなっているように思われます。


公的なものを見てみると、社会保障というのがあります。

23年度の社会保障の予算額が約29兆円になります。

毎年2兆円増えています。

この内4割が国債でまかなわれているということです。


福祉という名の下では、その増額にはなかなか反対できず、膨らむばかりです。

でも、もうそろそろ限界に来ています。

増税でという話もありますが、成立も、またそれだけでは処理できないほどに支出が膨らんできています。


ヨーロッパの国債市場の混乱が日本にも影響を及ぼす勢いです。

日本の銀行が買い支えている日本の国債も先行き不安です。

いつ日本がギリシャの様になるか分かりません。

その可能性がはあります。

その時、国債でまかなわれている予算分は一気に消滅してしまいます。


日本はこれから高齢化が益々進み、福祉、介護の業界が伸びると言われています。

予算削減で福祉、介護の予算がカットされてしまうと、補助金も大幅に減額され、この業界が大きなダメージを受けるかもしれません。

勿論他の業界もそうです。


入ってくるお金で生活するという当り前のことに戻る時が必ず来るでしょう。


最初に書きました「優しさ」というものは、余裕があるから出来るものです。

余裕がなくなれば、人の事は構っておられず、自分が生活することが優先されます。

現在の「優しさ」の下の「豊かさ」は、過去の先人たちの苦労の末、作り上げた「豊かさ」です。

私たちの生活はその上に成り立っているのです。

そして今、私達が作っているのは借金です。

将来への子孫へただ単に苦労を作っているだけなのです。


来年は変動の年と予測されています。

経済的にも厳しく、私たちの周りの様子も変わって行くはずです。

今こそ、自立し、将来の子孫たちから「ダメな世代」と言われない生き方をしなければならないと考えます。

自力をつける

今、ヨーロッパではギリシャ問題から発して、ヨーロッパ全体が揺れています。

アメリカも経済が弱体化して、ドルが安くなっています。

中国もいつバブルが弾けるかという心配もあります。

日本もデフレ経済から抜けきれず、その上1000兆円近い国債も不安材料です。

日本も世界も経済がどうなるかという不安があります。

来年は大変革の予感があります。


一方、私達の生活はどうでしょうか。

景気が悪く、モノは売りにくく、給料は上がらなく、生活は大変だと言いますが、それでも毎日の生活では悲壮感も無く、楽しく生活している人が多いでしょう。

iphonが売り出されると爆発的に売れ、今はiphonをはじめとするスマートフォーンは一般携帯電話の台数を追い越して行きました。

日本人はまだまだ豊かです。

でも、確実に不況は深まっています。

リストラ、会社整理も増えています。

今まで600万円、700万円の年収をもらっていた40代50代の人が、リストラになり就職難に遭遇しています。

年収300万円ほどの職業には付きたくないと思っても、仕事がなければ就職しなければなりません。

就職先があればまだいい方かも知れません。

40代50代の人には就職先はそうありません。

そんな時、自分の無力さを知ることになるかもしれません。


自分の力を付ける為に勉強をすることは大切です。

でもその勉強が、ただ資格を取りたいとかいうだけでは意味がありません。

そんな資格を取っても、同じ資格の人は掃いて捨てるほどいます。

自分に力を付ける、すなわち自力をつけるには、資格は二の次だと思います。

一番大切なのは生活力があるかどうかです。

会社勤めていると、会社に頼ったり、肩書きや資格にこだわる人が多いようです。

でも、それではこれからの時代は生きていけません。

いっそ就職で苦労する位なら起業した方がいいでしょう。

その時、何かを当てにする気持、頼る気持を捨てていないとダメです。


これから自力が高い人しか生き残れなくなるかもしれません。

「誰かが何かをしてくれる」と思うから当てが外れるのです。

自力をつける勉強は精神力を高めつことかもしれません。

発想法を鍛えることかもしれません。

また、ネットワークを広げる活動かもしれません。

自分に足り無いものを加えるか、また自分のいいところを伸ばすのか。

自力をつけるということはそれそれ人によって違います。


今は早くこの事に気付き、行動する時だと私は思います。

コバンザメ商法

今朝テレビを見ていたら、売れているモノに乗っかる商法が紹介されていました。

よく言われる「コバンザメ商法」です。

この方法は起業家や小資本の会社が参入するのに適しています。


テレビで紹介されていたのはスマートフォーンに使われる、ペンや手袋等です。

スマートフォーンの画面にメモをするペンは従来からもありました。

でも紹介されたペンは、より細か文字が書けるなど、操作し易いペンでした。

もう一つは手袋です。

普通は手袋したままではスマートフォーンの画面を触っても操作できませんが、紹介された手袋は右手の指先に伝道糸を使っており、手袋をはめたまま操作出来るものです。

これも今、爆発的に普及しているスマートフォーンに追従し、乗っかった「コバンザメ商法」です。


私が以前に見たことがある「コバンザメ手法」で感心したのがあります。

それは八百屋なのですが、大手スーパーの駐車場近くに、バラック建ての様な簡単な建物をつくって営業を始めました。

営業を始めると、その八百屋に大変多くのお客さんが行くようになりました。

スーパーの野菜売り場より新鮮で美味しそうな野菜を売っています。

また、八百屋のお客さんはスーパーの駐車場を使っていますので、八百屋は駐車場を用意する必要がありません。

その内にその八百屋の周りに、魚屋が出来、その他スーパーのお客さん相手のお店が出来始めたのです。


もう一つ別な「コバンザメ商法」です。

結構、人の出入りの多いビジネスビルの正面玄関の片隅でレンタルボックスの店を開き、繁盛しているところまがありました。

レンタルボックスとは30センチ角程の箱を沢山用意し、そのボックスをレンタルします。

自分でアクセサリーや小物を作った人はそれを借りてそのボックスに入れて展示販売するのです。

この店もビルに出入りする客を当てにした「コバンザメ商法」です。


「コバンザメ商法」に似たような手法として、「ツイている人」に乗っかるというのがあります。

これは聞いた話です。

あるタクシーの運転手で成績が上がらず悩んでいました。

そんな時に、成績のいい運転手はどういう行動をするか知りたいと思ったそうです。

翌日からその成績のいいタクシーの後を追いかけるようにしました。


成績のいいタクシーは車を走らせていると、すぐ道端で手を上げるお客さんをキャッチするそうです。

そうすると、その後ろを走っているタクシーも不思議とタクシー待ちのお客さんに出会うようになりました。

これは「コバンザメ手法」というより、ツキのある人のマネをするとツキが回ってくるということでしょうか。


お金をかけず、確実に利益を出す。

「コバンザメ商法」は起業する人が「どこで」「どんな」商売をしたらいいか考える1つのヒントだと思います。


固定費

昨夜は2回目の社長講座を開きました。

題材にしたのは売上です。

売上とは何から成り立つのでしょうか?

突然聞かれると戸惑うでしょうが、売価×数量です。

当り前のことです。

でも当り前のことですが、これを良く踏まえないと前へ進めません。


次に売価構成はどうでしょうか?

売価=仕入単価+粗利単価です。


それでは粗利は何から構成されているでしょうか?

粗利=固定費+利益です。

経理を知っている人には、こんな簡単な事と言われてしまいます。


会社は最終的にはこの利益を上げることが目的です。

そしてその為に重要なことは固定費をいかに下げるかにかかってきます。


特に起業したばかりの人にとっては、思うほど売上が上がらない中で粗利を増やすことは難しいことです。

そうすると粗利の中の固定費部分を少なくすることが利益を増やすことになります。

ところが、分かっていても固定費を増やしている人がいかに多いことか。

特に男性がそうですが、見栄を張ってしまうのか、余計なものを買ったりします。


お金がなければ自宅で起業し、パソコンも机も今まで使っていたモノを使います。

電話も自宅のものを使います。

必要に応じてレンタルオフィスも使ってもいいかもしれません。(レンタルオフィスを運営している私としては積極的に使って欲しいですが・・・)


でも少し余裕が出てくると、そのところが甘くなります。

ついビルのオフィスに入ったり、事務員を置いたりします。

折角の儲けがそこで消えていきます。


起業を志す人、起業する人は特に固定費をかけないことを十分念頭に入れて起業すること。

あらかじめ将来に向かっての事業計画の中で、利益がいくらになったら従業員を雇い、オフィスを借りるかの計画を作っておきます。

それを達成するまで決して手を付けないという覚悟は必要でしょう。

照明のカバー

朝、出勤前に腹を立てることがありました。

昨夜から我が家の食堂の照明が、スイッチ入れてもすぐ5秒ほどで消えてしまうという現象が起きていました。

このような時は私の出番です。

台の上に上がり、その照明のカバーを外そうとしたのですが、外れません。

カバーに貼っている説明書きの通りしても外れません。

5分位経った頃でしょうか、急にイライラしてきました。

「業者に来てもらいましょう」という妻の言葉にも従わず「こんなの私でも出来る!」と言いつつ、「このヤロー!」と照明のカバーに毒ついていました。

やっと1か所は外れたのですが、あとは外れません。

イライラが募り、つい力を入れました。

カバーが割れました。

でも割れても外れません。

とうとう思い切って引っ張ったらバラバラになってしまいました。

「やっぱり業者に頼めばね・・・」と妻の言葉。


今度は腹が立ちました。

妻の言葉にではありません。

こんなカバーを付けた照明器具メーカーです。

割れたカバーを見てみると、内側に小さな黒い矢印があり、それの部分を突起物に合わせると外れるようになっています。

そんなの中を見なければわかりません。

カバーを付ける時はそれに合わせて付けるのでしょうが、外す時も分かるように、外側にハッキリ印を付けるべきです。


そう言えば大分前ですが、以前に住んでいた家でも同じようにカバーを割ったことがありました。

学習していない私も悪いのですが、こんな使い勝手の悪い製品をつくる方がもっと悪いです。

見てくれが良くても、使い勝手の悪い商品の1つが照明器具のカバーだと思います。

そうは思いませんか?

そして皆さんはこのような経験はありませんか?


近い内に業者に来てもらいます。

それにしても高い蛍光灯交換になりそうです。

講演会3

昨日に続き22日の講演会のお話を書きます。

福島大学教授白石豊さん、天外伺郎さんに続き、今日は西田文郎さんのお話です。

西田さんも数多くの本を書いています。

私も5冊ほど読んだことがあります。


西田さんは「能力開発の魔術師」と言われ、「スーパーブレイントレーニングシステム」を開発し、ビジネス界、スポーツ界、教育界に大きな影響を与えているメンタルトレーニングの国内第1人者です。

西田さんは西田塾の塾長ですが、その西田塾に入塾する費用は1人88万円です。

高いか安いかはその内容でしょう。

西田さんは「大した内容は無いのです」と言う割には、過去何千人という人が入塾しています。


以下は西田さんの言葉です。

成功には、社会から評価される「社会的成功」と人間力を高める「人間的成功」の2つがあります。

その2つの成功を得ることが本当の成功と言えます。


その成功を得る為に大切なのを脳の仕組みを知ることです。

人間の脳は成功いう概念が本当であっても、錯覚であっても肯定的にとらえてしまうのです。

この錯覚を利用して自分の夢を達成させてしまうことが出来ます。


西田さんのこのような思いから「アホの会」が出来ました。

「でっかくて非常識な夢」を描くことが出来るのはアホしか出来ません。

お互いの夢を高める為の会です。


この「でっかくて非常識な夢」を描き行動することは、白石さんが話した「ゾーンに入る」、天外さんが話した「フローに入る」と同じ意味を持っています。

やはり3者同じように人の夢を達成させるには、心理即ち脳に繋がってくるのでしょう。


西田さんはマズローの法則についても言っていました

皆さんもご存じのようにマズローは「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「自我欲求」「自己実現欲求」の5つの欲求段階説を唱えました。

しかし西田さんによるとマズローは最後にもう1つその上の欲求があると言いたかったそうです。

それは「積極的無欲」だそうです。

一生懸命に人間を磨きあげていく最後の姿でしょうか。

その反対が「消極的無欲」で、何もしないでただ生きている状態です。


西田さんはその最後の「積極的無欲」を得るには 人を喜ばせる「他喜力」が必要だと言っています。

その「他喜力」は稲盛さんが言う「利他の心」と同じようなものでしょう。


今回の講演会ではいいお話しを6時間近くにわたり聞きました。

そして皆さんが話された内容はすべて共通しているように思いました。

「本当の事は1つなのだ」という思いをさせらてた講演会でした。


講演会2

昨日は予定通り講演会に行ってきました。

開始時間より1時間早く行き、前列から3列目に席を確保。


この講演会は1000名近くの人が集まりました。

確かに4名の講師陣の顔ぶれを見れば入場料5000円は安いでしょう。

白石豊さん、天外伺郎さん、西田文郎さん、土屋公三さん。

この講師お1人でもそれくらいのお金を払って人は集まるはずです。


最初の講師は福島大学教授の白石豊さんです。

白石さんはサッカーの岡田監督のチーム作りをワールドカップ終了まで関わり、また阪神の下柳選手、日本ハムの田中賢介選手等アスリートのメンタルトレーニングの指導をしています。


以下は講師の先生のお話で、私が特に「成程!」と気になったことです。

白石さんの話です。

メンタルトレーニングの目的は簡単に言えば「肉体のリラックス」と「精神の集中」をいかにするかです。

自分の力を120%出ている状態を「ゾーンに入る」といいます。

その為には自分の枠を超えるほどの目標をもつことが大事。

そうすることで自分の枠を壊してしまう。

日本ハムの田中選手は枠を壊すほどの目標を立て、その為にどうするかを決めて、実行するといいます。

言葉で書くと簡単ですが、実行することがなかなか普通の人に出来ないことなのです。


天外さんの話し。

天外さんはフロー理論を話しました。

フローとはwikipediaでは次のように説明しています。

「人間がその時していることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。」

これは白石さんが話していた「ゾーン」と同じ意味です。

天外さんは以前ソニーの上席執行役員でした。

ソニーは創業以来フロー理論で成長していたのに、アメリカ式の成果主義の考えを取り入れたことでダメになったと言います。

フローに入れば奇跡が起きます。

いつも何か、知らない人がサポートしてくれます。

自然現象がサポートしてくれます。

宇宙がサポートしてくれます。


天外さんはそのフローに入る入口を教えてくれました。


①崖から飛び降りると思われる位チョット無理と思われることに挑戦する。

壁を超えないとフローには入らない。


②ワクワクした遊び心を持つ。

自分が楽しいこと、仲間が楽しいと思えることをする。

正しい・正しくない、良い・悪いの判断でするとそのワクワク感が生まれない。


③目標をしっかり持つこと

時には目標を持つだけでフローに入ることが出来ます。

などです。

この他にもフローに入る色々な入り口があるそうです。

気が付いたらドンドン良くなっていて、知らない内にフローに入っていたということもあります。


西田さんのお話などは、明日書きます。

講演会

今日は半日、講演会漬けの予定です。

この講演会は知人の事務所の開業30周年行事として開かれ、4人の講演者が登壇します。

1人は「スーパーブレイントレーニングシステム」を構築した株式会社サンリの西田文郎氏です。

数多くの本を出されています。私も良く読んでいます。

2人目は元ソニー上席常務で宇宙や人間の成り立ち根本法則などの本を多数出している天外伺朗氏。

3人目はメンタルトレーニングで有名な福島大学教授の白石豊氏。

4人目は土屋ホームという北海道ではトップクラスの住宅会社を創業した株式会社土屋ホールディングス取締役会長の土屋公三氏です。


この4人の人達は単独公演でも多くの人を集めることが出来る程の人達です。

それが4人纏めての講演は今まで聞いたことがありません。

入場料が5000円ですから充分その価値以上のものがあると期待しています。

このブログを見た方の中にも、講演会に行く方はいるかもしれませんね。


13時から始まって18時30分までの5時間30分になります。

1人1時間位のお話でしょうか。楽しみです。


ただ心配なのは、昨夜少し早い忘年会があり、寝不足なことです。

それでもしっかり聞き耳を立て、目を開いてお話を聞いてきます。


明日のブログでこの講演会の内容を書くことが出来ると思います。


歯について考える

昨日はセミナーに行ってきました。

「歯科治療の可能性を考える」という題名です。


知人からの紹介でしたので、あまり興味はありませんでしたが参加してきました。

しかし、考えてみると私も60歳を過ぎていますので、これから深刻な問題になるはずです。

今のところ入れ歯はなく、不便はないのですが将来は分かりません。


セミナーの内容はMTC(エム・ティ・コネクター)という新しい入れ歯の紹介です。

このセミナーはインプラント治療や従来の入れ歯の欠点から入りましたが、これが長かったです。

そのため予定時間をドンドン延長して話が続いたので途中退席してしまい、肝心のその効能はあまり聞けませんでした。


そのセミナーの中で興味ある話がありました。

入れ歯用の安定剤と言われるものは年間700万個売られているそうですが、その箱に注意書きとして「連続使用しないでください」と書かれているそうです。(私は確認していませんが)

歯茎に良くないそうです。

ちなみに、このMTCでは安定剤は使わないとのこと。

またインプラントも治療費が高い上に、治療が難しく治療後のトラブルが多いそうです。


この講演を聞いて思ったことは今ある歯をいかにして残すかです。

その為には歯医者の主治医をもつこと。

いい歯医者が傍にいることは幸せなことです。

私も幸せなことに、従兄弟が歯医者、兄嫁の実家も歯医者です。

今は従兄弟の方に行っていますが、これがいい歯医者です。

歯の治療も無駄なお金を使わせない方法を考えます。

その上必ず、歯の磨き方を指導してくれます。

何回行ってもその都度歯磨き方法をチェックしてくれます。

従兄弟のおかげで、虫歯はなく、歯槽膿漏もありません。

時々歯のチェックをしてもらいに行きます。

虫歯にならないようにと、治療と同じように歯磨きの指導をここまで徹底して教えてくれる歯医者は、今まで会ったことがありません。

その為か、患者さんは多いのですがあまり儲かっていないようです。

でも彼のおかげで助かっている患者さんは多いはずです。


私は毎日、3種類の歯ブラシを使って歯磨きをしています。

これからも歯を大事にします。

美味しいものを食べるためにも!

手帳

あと10日で12月になります。

これから年末にかけて忙しくなります。

私は先週は行事、特に夜の行事が多く、週末は少しダウンしてしまいました。

金曜日の夜、土曜日1日は何もしないでただボーとしているだけでした。

自分の年齢の事をいうつもりはありませんが、若い時と同じようなビッチリ詰め込む予定は少し無理かもしれません。

でも年末となるとやはり忙しそうです。


年末と言うともうそろそろ来年の手帳を準備しなければなりません。

私はマンダラ手帳を10年ほど前から使っています。

ありがたいことに、毎年ある方からプレゼントされます。

使って思うことは、「これを使いこなすと人生もビジネスも変わるぞ!」ということです。

確かに使ってみて私の考え方は変わりました。

仕事の方法も変わりました。


この手帳は深いものがあります。

私の周りにも使いこなしている人が多くいます。

私もより深く使いこなそうと思うのですが・・・・

今は自分なりの使い方でいいと思っています。

手帳を使う時、書くことが楽しいと思わなければ続きません。

無理をせず、自分なりの手帳にしていくうち、絶えず傍にある相棒の様なものになります。


この時期は来年の予定を今から決めて、書き入れていこうと思います。

自分のしたいこと、行きたいところ、なりたいこと。

そう考えると来年が楽しみになります。


昔聞いた落語のセリフにいいのがありました。

少しうる覚えですが、「貧乏だけれど俺たちにも手つかずの来年がある」と言うのです。

金持ちも貧乏人も、皆平等に「手つかずの来年がある」というのは楽しくなるセリフで、覚えていました。


皆さんも新しい来年の手帳を手にして、楽しい予定を書き込んでみませんか?

ブータンからの義援金

今日本にブータン国王夫妻が来日しています。

ブータンという国はGNH=国民総幸福という指標を掲げています。

世界中からその考え方への共感の声が上がっています。

日本人にとっても国民総幸福という考え方への共感と親日的ということから各地では大変な歓迎を受けています。


東北の大震災にはブータンは寄付を募り、100万ドル(約8000万円)の義援金を送ってくれました。

ブータンという国の年間平均所得が15万円という人々が100万ドルを送ってくれたということは、驚くべきことです。


国税庁の「平成22年分 民間給与実態統計調査」によると、平成23年(平成22年12月31日現在)の日本の平均年収は412万円です。ブータンの27倍以上になります。

その国から100万ドル送られたということは日本の所得換算で考えれば2700万ドル相当になります。

日本円で21億6000万円に相当する額です。


日本がかって1つの国にこれほどの義援金を贈ったことはあるでしょうか?

ODAのように国が税金を出すことはありますが、義援金として集めて送ったことはありますか?


勿論お金ばかりではありません。

震災が起きた時、すぐに国王自ら、死んだ日本人に対して祈りをしてくれるということもうれいしいことです。

お金持ちの国から100万ドル200万ドルいただくより、何倍も嬉しいです。


今回のブータン国王夫妻の来日によってそれらの事はマスコミから紹介されました。

もしかして、来日されなかったら、報道されず、これほど多くの日本人に知れなかったのではないでしょうか。

もしもそうなら、日本人はブータンの人々の優しい思いを知ることはなかったのです。

そして日本人は恩を感じない国民と思われたかもしれません。

そう考えると、そのことを事前に知らせなかった国やマスコミの怠慢だと思います。


ブータンの幸福度を報道し、それを日本でも広めていと考えるマスコミは、他の国の人々からの支援・援助も細かく報道するべきです。

そうすることで人の優しさ・ありがたみが分かり、今度何かがあったら真っ先にお返ししようという気持ちにさせます。


それにしても、ブータンで何かが起きた時、日本人が21億円相当のお金をすぐに義援金として集め、送ることが出来るでしょうか?

その分自分の欲望を押さえて出来るでしょうか?

他国で何かが起きた時、日本人1人1人がその国の人々に対して、すぐに何かをすることこそが本当の友好になるのです。

国がするのではなく、その国民がすることこそが大切です。


今日ブータン国王夫妻は帰国されるそうです。

ブータンへの関心が高くなり、日本人の旅行客が増えると予想されているようです。

機会があれば私も行きたいですね。

一緒に行きませんか?

ワールドカフェ

昨夜は「ワールドカフェ」を私の事務所で開催しました。

「ワールドカフェ」は最近注目されているフリートーキング形式のアイディア発想法です。

4名のグループに分かれ、会話をしながら、広げられた模造紙に落書きでもいいので、ドンドン書き込んで行きます。

「ワールドカフェ」は1995年にアメリカで開発されたものです。


会議室で議論していて、いいアイディアが出なくても、場所を変えてスターバックスなどのカフェでコーヒーを飲んで話している時、思いもよらないひらめきが生まれるという経験はありませんか?

心理学的にも、人は飲み食いすると警戒心が薄くなり、お互いの胸襟を開いて話をするようになります。

「ワールドカフェ」はその効用を積極的に取り入れたアイディア発想法です。


この勉強会の仲間は、以前私が「身の丈起業のすすめ」を主宰していた時参加していた人達です。

そして新しいことに挑戦するのが好きな人達です。


「ワールドカフェ」を開くに最低人数は12名からですが、昨夜は欠席者が多く8人でした。

そのため本来の方法では運営できませんでした。

それでも、それらしく話し合いを楽しみました。


運営を準備した人達が大変凝っていて、事務所にボサノバの音楽を流し、コーヒーマシンで入れたてのコーヒーを用意。その他の飲物もあります。

サンドイッチやお菓子等の沢山の食べ物も用意し、その上ウエイターエプロンも持参していました。

私もエプロンを着せられました。

本当にカフェのような雰囲気を出しての「ワールドカフェ」でした。


題材は「札幌観光」としました。

この「ワールドカフェ」を進めてみると、確かに色々なアイディアがどんどん出てきます。

びっくりするほどです。

そしてメンバーの中でイラストの上手な人がいて、皆から出てきた話を模造紙の上に絵にして描いてゆきます。

これは良く分かりやすく、話が盛り上がります。


昨日は本当のトライアルでした。

ただ「ワールドカフェ」が面白いということが分かっただけでも、次回何か検討する時には使えます。

楽しい勉強会でした。


模造紙に書いた内容を写真に撮り載せています。

ワールドカフェ

団塊の世代

昨夜も飲み会でした。

高校時代の同級生3人で語り合い、遅くまで飲みました。

私以外の2人は共に高校卒業以来初めての顔合わせでした。


始めはぎこちない話も、酒がすすむにつれ、盛り上がってきました。。

3人の話は、最初はこの年齢からでしょうか、身体の不調の話から始まりましたが、やはり話の中心は仕事に移って行きます。


彼ら2人の話を聞いていると、まるで映画のドラマを聞いているような興味あふれる話でした。

特に空調工事の仕事をしていた友人の会社人生はサイパンから始まり、日本・世界の各地で仕事をしました。

青函トンネル工事も空調関連を受け持ち、その仕事の中心となり完成させました。

ある事故が発生した時は、彼を中心として救助し、人命救助の表彰も受けています。


私たちは62歳。

現役から身を引いて振り返った今、みんな頑張ってきたと胸を張って言えます。

みんなは、良き夫だったかは分かりませんが、良き父であり、素晴らしい職業人だったのです。


これからの人生まだまだ時間があります。

どのように生きるか。

今までとは違う人生でしょうが、これからもまた誰かのため、何かのために生きていくことだと思います。

団塊の世代はまだ頑張ります。

偶然ではなく必然

昨夜は京セラフィロソフィ勉強会の打ち上げがありました。

いつも勉強している私のオフィスで、1人1000円相当の「自分が飲みたいモノ」「食べたいモノ」を買い、持ち寄ってのパーティです。

勉強会は約1年半、18回続きました。

参加する皆さんは出席出来る時はそれぞれ違う訳で、昨夜初めて顔をあわせた人同士ということもありました。

この勉強会は私にとって自分のための勉強会でした。

私が主宰して、参加した人同士が互いの考えを述べ合いながら、新しい考えも取り入れていく、その過程が勉強でした。

そしてこの勉強会で知り会えた人同士、知り会えたことは偶然ではなく必然でなかったかと思っています。


最近私は全てのことが必然で起きると感じるようになりました。

起きてしまったことはすべて正しい。

そう思えば、後悔することも少なくなってきます。

年と共に考えが変わったというより、良い人との出会い中から、その感謝の気持ちが芽生え、偶然ではなく必然だと思わせたのかもしれません。


今は1年半、毎月続いた勉強会が終わるという淋しさはあります。

それと共に、何とか1年半続けれてこれたという満足もあります。


来年度にはまた何かテーマを見付けて、勉強会を開始したいと思います。

どなたか興味ありそうなテーマがありましたら教えて下さい。

「君の椅子」プロジェクト

今朝は朝食会と称した勉強会がありました。

毎月開かれる勉強会ですが、今月は「君の椅子」についてのお話でした。

「君の椅子」という活動は「誕生する子供を迎える喜びを地域の人々で分かち合いたい」という思いから、2006年に始められました。
 
小さな椅子1つ1つに名前と生年月日・シリアルナンバーが刻まれ、生まれた赤ん坊にプレゼントされます。

現在は北海道の東川町、剣淵町、愛別町が参加しています。


今日の講師は元北海道副知事で現在財団法人北海道文化財団の理事長をしている磯田憲一さんです。

磯田さんは「君の椅子」プロジェクトの代表でもあり、また旭川大学の客員教授でもあります。


磯田さんは数年前、大学のゼミの時に学生から「子供が生まれると花火を上げる町がある」という話を聞きました

そこで旭川では何が出来るかと考えたそうです。

旭川⇒家具の街⇒子供の誕生を喜ぶモノは何?⇒子供の椅子とつながったそうです。


「君の椅子」の「君」という呼称を付けた理由は、赤ん坊と言えども1人の人間として人格も人権もあることを強調したかったからです。

現代は悲しいことに子供への虐待やイジメ、それによる自殺が増えています。

そのような事がないようにとの思いで、子供へ「君の椅子」をプレゼントするプロジェクトが誕生しました。

「生まれてきてくれてありがとう。君の居場所はここにあるからね」というメッセージが込められています。


このプロジェクトは最初は旭川市からと思ったそうですが、人口が多く予算の問題で、旭川市は参加しませんでした。

そこで近くの東川町が最初で、その後愛別町、剣淵町が参加しています。

生まれて100日経った頃に町長やグループの代表が訪問して手渡ししています。

2006年から始まってますが、毎年デザインが違います。

色々な一流のデザイナーと家具職人が作る手作りの椅子です。

ある3人の子供がいる家庭ではデザインの違う椅子が3つあり、それぞれが子供の居場所になっているそうです。


このプロジェクトの延長で今検討されているのは、3月11日の東北大震災が発生した日に生まれて来た子供達へ椅子を送る「希望の君の椅子」計画があります。

今計画進行中です。


現在「君の椅子」プロジェクトでは3つの町がプレゼントしていますが、個人的にプレゼントとしたいという声も日本中からあり、「君の椅子倶楽部」というものが出来ました。

それに参加すると可能です。

ご興味のある方はホームページを見てください。

「君の椅子」プロジェクトのホームページ
http://www.asahikawa-u.ac.jp/page/kiminoisu_project.html

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航空会社

先日の新聞にJALの中間業績が掲載されていました。

私は平成22年2月に稲盛さんがJAL会長に就任してから、JALに関する新聞記事が出ると切り抜き、保管しています。

今年の4月から9月までの中間営業利益が1061億円となり、今期の目標営業利益757億円をすでに突破したようです。

その為、今期通年営業収益を1400億円に上方修正しました。

ANAの中間営業利益は501億円ですから、JALの1061億円は如何に大きいか分かります。


そのJALも格安航空事業に参加すると言われています。

稲盛さんは格安航空事業(LCC)に参入したことについて次のように述べています。

「低料金でお客様を乗せるLCC事業は厳しいと思っていました。でも、LCCの勉強もしないといけない。ジェットスターからお誘いがあったので、主導権を持つのではなくて、勉強を兼ねて参入を決めました」

どちらかというと格安航空事業には否定的です。


先日上京した時、いつもはJALを使うのですが、いろいろ事情がありスカイマークを利用しました。

スカイマークを使って第一に思ったことは、「遅れる」ということです。

千歳空港発が45分遅れ、最終的には1時間遅れになりました。

また帰りの羽田発も10分遅れが20分遅れです。

電光掲示板に表示される各航空会社の出発予定時間が、スカイマークだけが遅れた時間で表示されています。

今回の私はビジネスではなかったので、少しくらいの遅れは気になりませんでした。

でも、時間で動くビジネスマンにはこの遅れは致命的です。

1時間も遅れると仕事になりません。

この時間の不確かさはお金では換えられません。

やはりJALなりANAを利用する方が確実だという思いになります。

格安ということはそれなりの覚悟が必要でしょう。


スカイマークからは「出発時間が遅れたことに対し、心よりお詫び申し上げます」というアナウンスが流されますが、その声が空々しくなるほど、遅れは多いです。


逆を言えば、安くて時間に正確であれば格安航空会社は伸びるのでしょう。

これからの航空会社の競争に興味があります。

社会貢献

昨日帰札しました。

今回の上京は3日間で、11日は多摩市にあるココリアホールで「SOHOリレーフォーラム」に参加してきました。

「SOHOリレーフォーラム」の基調講演は株式会社ソーシャルプランニングの竹井善昭氏です。

竹井氏はマーケッティング・プランナーとして活躍され、最近は社会貢献活動、ソーシャルビジネスに特化されています。

「社会貢献でメシを食う」という本も出され、今回の講演はその同じ題名です。

社会貢献する組織としてはNPOが代表的なものでしょうか。

日本には1万5千ほどのNPOの団体がありますが、その内人件費を支払い、利益を出している団体がどの程度あるでしょうか。

いくら社会貢献だといってもそれでメシを食べることが出来なければ意味がありません。


竹井氏の講演でも紹介されましたが、アメリカにあるNPOのCEOの年収は3千万円を超す人が多くいるそうです。

またNPOへの寄付を集める専門家であるファンドレイザーが活躍しています。

彼らの年収も8百万円はあります。

アメリカでは「社会貢献でメシが食えている」人が多いのです。

日本のNPOも「社会貢献で飯が食える」ようにならないとダメだと竹井氏は言います。


私も以前からNPOもしっかり利益を出さなければならないと思っていましたので、竹井氏の意見には同感です。

ただ、疑問が残るのです。

「社会貢献」とは何でしょうか?

竹井氏は「社会貢献」とは社会問題を解決することと説明しました。

でもNPO等の非営利団体だけが「社会貢献」をしているのではないのです。

社会に貢献をしてそれに対してお金が支払われる。

それは民間会社も同じなのです。

人が困っていることを改善する。その中には社会的問題もあります。

それを解決することで利益をもらっています。

その貢献が高い分、多くの利益をもらっています。

昔、松下幸之助さんは電気製品で豊かな生活を国民に贈りたいということで、「水道哲学」という考え方で経営しました。

これこそ「社会貢献」です。


会社の経営をしてきた中で私が学んだことは「価値のないものは売れない」ことです。

人が喜ばない、社会が受け入れないモノは売れません。


もしかして日本のNPOの人達の中には、価値あるモノを提供できず、対価が少ないことの逃げ道として、言葉だけ「社会貢献をしている」と言っているように思います。

どのようなことでもしっかり稼ぐようにしなければなりません。


講演の中でも学生の話が出ていました。

就職試験の時将来は「社会貢献をしたい」という学生が多いそうです。

会社の担当者によると、学生はその「社会貢献」は実際どの様な事なのか、何か良く分からず言葉だと言います。


私は会社を経営し「社会貢献」を目指す人を応援します。

君主論

皆さんは「マキャベリスト」という言葉や「君主論」という本をご存じでしょうか。

少し年配の人なら若い頃読んだかもしれません。


10月にNHK教育でマキャベリの「君主論」を取り上げていました。

それを見て、読んでみようと興味を持ちました。

私の若い頃もマキャベリの「君主論」は仲間の話の中に出てきましたが、読もうという気がしませんでした。

「目的のためなら手段を選ばない」という考えが、若い頃の私は反発を覚えて嫌っていました。

マキャベリを信奉する者をマキャベリストと言います。

権謀術数主義者という意味と同意語になっています。


マキャベリとは15世紀末から16世紀初頭に活躍したイタリアの外交官で、「君主論」を書きました。

ノンキャリア外交官だったマキャベリが、当時の権力者へ向けた就職のための論文だったと言われています。

現在もこの「君主論」を愛読書にしている経営者や政治家も多いそうです。


私はこの「君主論」はまだ読みかけですが、気になる言葉があります。

「残酷さと慈悲深さとについて、敬愛されるのと恐れられるのとではどちらが良いか」についてです。

マキャベリは、始めに「君主は慈悲深く、残酷でないという評判を得るようにしなければならない」と言います。

しかしこの慈悲深さを誤用してはならないとも言います。

「思慮と慈悲心とによって自らを抑制するようにし、あまりに他人を信用して不用心になったり、あまりにも他人に不信感を抱いて耐えがたいような存在になったりしないようにするべきである」

そして「恐れられるより愛される方が良いか、あるいは反対か」と問うています。

それに対して「両方であることが望ましいと答える人がいるが、それは難しい。

したがって、両者のうちどちらかが良いかとなれば、愛されるより恐れられる方がはるかに安全である」


この文章を読んだ時に思ったのが稲盛さんが良く言われる「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」という言葉です。


最初は「真・善・美」を大事にする稲盛さんと「目的のために有効ならば、手段を選ぶべきでない」と言う権謀術数主義のマキャベリは正反対のように思いました。

全く逆の行動をとる人かと思っていたのですが、もしかしたら考え方は似ているような気もします。

2人を比較して読んでみようと思っています。

「会社を倒産させないためには手段を選ばない」というところは現代の経営でも重要なところです。


「君主論」は面白そうです。

自力をつける経営

起業家が起業を志したきっかけは色々あると思います。

お金を稼ぎたい。贅沢したい。好きなモノを買いたい。思い通りに人を動かしたい。世の中を良くしたい。

様々あります。その動機がどうであれ起業することはいいことです。


起業しようとすると、今はそれを支援する団体や制度は沢山あります。

起業・創業資金の貸出も容易に受けることが出来ます。

インキュベーション施設も充実しています。


ただ最近フッと思うことがあります。

起業して実業の世界に入って行くと、守ってくれる人はいません。

最初は社長になって目標に向かっていく自分を夢描いていますが、しかし実際は自力で、誰にも頼らず、汗をかき、涙を流し、時には這いずり回りながら登って行くこともあります。

その時必要なのは「根性」です。

「根性」という言葉は最近聞かれ無くなりましたが、同じ意味で「ネバーギブアップ」です。

誰にも頼れないからこそ大切です。


30年以上前は、現在のように起業の環境が整備されていなく、起業する人達は、知人にお願いしてお金を集め、足りなければ銀行に事業計画書を提出し、承認受ければ自己保証でお金を借ります。

経営指導してくれるところは銀行とか商工会議所くらいで、実際は周りにいる経験者や先輩たちに教えを請うて、学んでいきました。

事業計画書の書き方は銀行に行って教えてもらい、商売の仕方は他社の見よう見まねでやりました。

市場調査とか、マーケッティング等分からなくても商売を伸ばしてきました。

経験しながら自力をつけ事業を拡大してきました。


それに対して現在のように起業の大切さが言われるようになって、国などの「官」が起業に対するいろいろな環境を整備してきてくれました。

極端に言えば手取り足とり教えてくれ、支援してくれます。

インキュベーション施設も安い料金で入居出来、そこではマネージャーがいて相談ものってくれます。


しかし、先ほども書きましたように、実業の世界は昔と変わらず厳しいものです。

その厳しさを知らずにインキュベーションから出た途端に、風邪をひいて倒れてしまうかもしれません。

実業の世界では自力がモノを言います。


勿論「官」のサービスを利用してもいいのですが、早くそこから脱した方がいいと思います。

実業に入ったら民間のネットワークを使うことです。

自分の周りに作るのもいいです。

また、既にある民間の起業支援ネットワークに入るのもいいでしょう。


私も入っていますがNICeという団体があります。

「つながり力で、日本経済と地域社会の未来を拓く!」を合言葉に起業家を支援しています。

起業した人同士、またそれを支援する人とのネットワークです。

そのようなところが、昔のように先輩や経験者に相談し、教えてもらえ、起業家同士は互いに助け合いながら、成功を目指していける世界をつくるのではないでしょうか。

この団体も「官」ではなく一般社団法人格で頑張っています。

周りにも同じような団体やネットワークがあるかもしれません。


「民」の力で自力ある骨太の経営を目指しましょう!


人との付き合い方

先週の土曜日に、卒業した高校の同窓会がありました。

母校札幌西高は二中と言われた時も含め、来年で100年になります。

久しぶりに同期の友人たちと会い、楽しい時間でした。


この同窓会には毎年出席していたのですが、今年は用事があり欠席する予定でした。

ところが前日に20年会っていない友人から電話があり「明日の同窓会出るんだろう?」と言われ、懐かしさのあまり「うん。いいよ」と言ってしまったのです。

色々調整して参加しましたが、久しぶりに会った友人や思いがけない人に会い、出席した良かったです。


このような会が選挙時に行われると、いつもは顔を出さない人が挨拶をして回ります。

1票でも獲得しようという思いでしょう。

私の知らない人がそれをする分には気にしないのですが、それが知人だと、私は逆に反発してしまいます。

普段は協力的でないのに、自分の都合のいい時だけ出てきて宣伝するのは嫌われます。


これは仕事でもそうです。

自分の都合だけで仕事をする人がいます。

普段はほとんど協力もせず、顔も出さないのに、新製品が発売されたり、新しい仕事をする時だけ入り込んでくる人がいます。

このような行為は逆効果です。

本人は気付かず一生懸命なのでしょうが、私は引いてしまいます。


そうではなく、いつもから参加し協力的な人が、仕事ではあえて自分が参加している会やネットワークを利用しようと思わず、正攻法で仕事をしている人もいます。

そのような時は逆に、支援・応援しようと、参加メンバーがその人に代わって応援メッセージを出して行くのではにでしょうか。


これはその人の性格が「積極的」「消極的」ということではなく、「利用出来るものは何でも利用しよう」と思うか、「大事にしたいモノは大事にする」かのどちらかです。


人でも、集まりでも、ネットワークでも、自分の仕事の利用だけを考えている人は、はじかれてしまいます。

何でもそうですが、仕事のためと思いながら付き合うか、本当に好きになって付き合うか。

それによって人生の楽しさが違ってくるように思います。

ギター製作

私の事務所にはいろいろな方が訪ねて来られます。

先日、知人が起業家のAさんを連れて来て、紹介していただきました。

知人はお世話になっている人で、いつもいろいろな情報を教えてくれます。

今回連れて来られたAさんはギター製作にて起業を志しています。

Aさんが作るギターはアコースティックではなく、エレキギターです。

今回はギター製作をするAさんと、同じく木を扱っている私の家具会社との連携が出来ないかとの思いで紹介してくれたのです。


Aさんは今まで自宅でギター作りの作業をしていましたが、手狭になり場所を探しています。

私の工場の片隅を借りてと作業をしようと思っていたようです。

しかし、これから冬を迎えるに当たり、私の工場は断熱工事はされていないので、冬は寒く、とてもギター製作のような繊細な作業ができる環境ではありません。

ただ、ギター製作をする時必要な、塗装の相談や木の切削等については協力できるはずです。


現在、団塊の世代の人達を中心に再度楽器演奏に挑戦し、第2の青春を謳歌しようとしている人が多くなっています。

その人達は結構お金もあり、自分が気に入ったものにはお金を出します。

そのような人向けにオーダーメードのギターを提供しようというのがAさんの考えです。

Aさんによると、ギター制作で使用している木材は外国産だそうです。

日本の木ではいい楽器が作られないと言われています。

でもそうでしょうか。

北海道には豊富な木材があります。

多くの種類の木材がある北海道は、ギターをはじめとする道産材を使った楽器が製作される環境にあると私は思っています。

各民間企業や工業試験場・林産試験場との研究で解決されるはずです。

ゆくゆくはいろいろな種類の楽器を作る職人集団として広がっていけば、北海道の道産事業として注目されるようになるのではないでしょうか。

紹介してくれた知人もそれを期待して支援しています。


現在、楽器製作する学校は北海道にありません。

そのため道外に出て行って、学びそのまま北海道に戻らない人が多いようです。

でも、その人達を受け入れてくれる事業が北海道にあれば、学んだのち戻って来てくれます。

そのようなためにも、今回のようなギター製作するAさんを支援し、応援していうことは大切なことです。

私もこの起業家Aさんを支援していきたいと思います。

自分はどの山に登るのか

昨夜若い起業家が2人集まり、社長講座と称した勉強会をしました。

以前にたまたま、その1人と話をしていて、「私社長になります」と言ったことがきっかけで始めました。

この勉強会は少人数がいいので、志の高いもう1人の起業家も誘いました。


この勉強会は私が教えるというより、2人がそれそれ考えてもらい、自分で結論を出していく形式で進めたいと思っています。

社長として経営していく上で、最終結論は自分が出さなければなりません。

その結果は全て自分で責任を負うことになります。

ただ社長として結論を出す時、考え方を間違えると折角の努力が無駄になるか、見当違いの方向に進むことがあります。

起業したばかりの時は軌道修正をする「人」「場」があれば判断の助けになるはずです。

この勉強会はそのような思いで月2回ほどのペースで開く予定です。

また、この勉強会に参加する私も含めて3人は、ここで話し合った秘密事項は他言しないという約束を立てました。

だからこそ本音の話が出来る「場」になると思っています。


昨日は自分が向かうべき目的は何かを知るために、「自分はどの山に登るか」について話し合いました。

経営をする時、ただ一生懸命頑張ろうという思いだけでは前に進みません。

エベレストに登るのか、富士山に登るのか、札幌近郊の手稲山に登るのか、それとも2時間ほどで登れる三角山に登るのか、それを決めなければ心構えも、装備も、組織も違ってきます。

最初からエレベストを目指す人もいるでしょう。

近くの三角山を上り、次に手稲山、そのうち力を付けて富士山を制覇する人もいます。

どの山を目指してもいいのです。

大事なのはどの山を目指すのが自分にとっていいのかを知ることです。


昨夜この重要性を話し合い、それぞれの向かうべき目標について語ってくれました。

次回はこの向かうべき山を具体的に考え、披露することが宿題となりました。


この勉強会が今後どのように展開するか、私も試行錯誤で進めますが、しっかり2人をフォローしていこうと思っています。

そして今後が楽しみです。

ルミネ開業で考える

最近有楽町にルミネがオープンしたとテレビ等で報道されています。

今は大変なにぎわいだそうです。

以前は西武が入っていたのですが、経営不振のため撤退した後にはいってきました。

西武有楽町店が入居したのは1984年で有楽町センタービル(マリオン)に阪急デパートと並んで開業しました。

開業当時はバブルの頃で物凄いにぎわいでした。

それが1991年頃バブル崩壊と共にデパートの人気が下がりはじめました。

デパートの時代が過ぎ、とうとう西武有楽町店は去年12月に閉店しました。

その建物を引き継いでのルミネの開業です。

建物の外観等の大幅な変更はせず、そのまま内装を変えてだけのオープンの様です。

このルミネ有楽町店のにぎわいは一時的かもしれませんが、ルミネは若い人達に人気のある会社なので、案外長く人気が続くと思われます。


このように経営や運営がうまくいかない店やホテルが、経営者が変われば一気に良くなるという話は良くあります。

勿論、投資コストが違います。

100億円かけて作ったデパートも、その投資に合ったほども収益が出なければ撤退します。

しかしそれを引き継いだところが20億円で買収し運営すればそこそこの収益でも十分成り立ちます。

今は積極的経営をする企業にとって、いい物件を相当安く買収し事業展開する絶好のチャンスなのかもしれません。


ただ投資効率ばかりでなく、人の経営手腕で変わることも多いのです。

株式会社ミスミという会社は現在三枝匡氏が会長です。

三枝氏は以前「V字回復の経営」や「戦略プロフェッショナル」等の本を書き、私も熱心に読んでいました。

その三枝氏が2001年に請われて株式会社ミスミ入ってから、同社は凄い勢いで業績が回復し、現在優良企業になっています。


また、ハンバーグのマクドナルドも現在の原田泳幸氏になってから業績が回復して、過去最高利益を出しています。

日本マクドナルドは藤田田氏が創業して業績を拡大していきましたが、藤田氏が亡くなってから業績が低下してしまいました。

その後原田氏によって業績は回復したのです。

同じ場所で、同じ会社で、なぜ人によって業績が変わるのかを考えることが大切です。


私が若い頃ある部門の責任を負わされていましたが、業績が良くありませんでした。

その時父に言われました。

「お前に代わって誰かが責任者になり、業績が良くなったとしたら、どうする!悔しくないか?」と。

「だから頭を絞って絞って考え、方策を考えろ!」と言われました。

その時会社経営も運営も「人による」ということが良く理解できました。

最後の1つ

私は今、シンプルな暮らしに憧れています。

身の回りの物が片付かないこともあり、その思いが強くなっています。

本も、手元に置く本とオフィスに置いている貸出用の本、そして売却する本と整理しましたが、まだ整理しきれない本が残っています。


そんな時「究極最後に手元に残す1冊はなんなのだろうか」と思いました。

それも絞れていません。

稲盛さんの本なのか、ドラッカーの本なのか、カーネギーの本なのか。


また、身の回りにあるモノをそれぞれ1つ最後に残すとすれば何なんだろうとも考えてみました。

万年筆も7~8本あります。

モンブランの万年筆と使いなれたプラチナの万年筆が残ります。

気に入った椅子も30年前に買った「ねむの椅子」か、使い古した松本民芸のキャプテンチェアーか。

靴もリーガルのウイングチップか、履きなれたウォーキングシューズか。


そんな風に自分の周りにあるモノを絞り込んで行くと、自分は何が好きなのか、どんな生き方をしたいのか、何に憧れているのか等が整理されてくるように思います。


江戸時代は持家の人はほとんどいなく、狭い長屋などで暮らしていたと言われています。

いつでも引っ越しがしやすいように、生活に必要な道具は、碗1個、箸1本、鍋釜1つ等、今では考えられないほど少なかったようです。

それでもそれなりに満足した生活をしていました。


勿論、それを現代にそれを当てはめようとは思いません。

生活様式が違います。価値観が違います。

現代は江戸時代ほどのモノのない生活は出来ないと思います。

でも、一方最近「断捨離」とか「シンプルライフ」とかの風潮は広まっています。

気に入ったモノだけに囲まれて暮らしたいという考えです。

その傾向はもしかしたら、モノを捨てることばかりでなく、煩わしいことも捨ててしまいたいという思いもあるのかもしれません。

何にも拘束されない自分らしい生活への憧れなのかもしれません。


私は特別煩わしいモノをもっているわけではありませんが、「究極これだけあれば満足」というものだけというシンプルな生活に憧れています。

神様の女房

昨日、前から読もうと思っていました「神様の女房」を読みました。

以前には同じ題名のテレビも見ました。

松下幸之助さんの一生が夫人のむめのさんの目を通して書かれ、とても興味深く読みました。


世間では経営の神様と言われている人が、悩み、時には怒り、ちゃぶ台をひっくり返したり、夫婦喧嘩もよくしていたというのは、どこでもいる夫婦にうつり親しみを感じます。

しかし生活の中でも仕事においても[筋を通す生き方」を貫いた夫婦でした。

世間的な常識は守るけれど、おかしいことはおかしいと自分の筋を通します。

これは幸之助さんもむめのさんも同様です。


本の中の抜粋を少し。

幸之助さんが自転車商会で丁稚の時に学んだことが紹介されています。

その自転車商会のご主人のお兄さんが目の見えない人で、その人を自宅から店へ連れてくるのが仕事でした。

その道すがら、その人から教えられた事です。

幸之助さんの言葉です。

「目の見えへんの人には、目の見えへん人にしか見えない世界がある、とよう言われた。

親切や、と自分で思ってる人に限って親切なんかやない、とかな。

そらそうやな。でもな、もっと言うたら、どんな人にもその人にしか見えない世界がある、ということなんや。

それを理解して、人と接することが出来るかどうか。いつでも相手に敬意をもって接する、いろんなものの見方があるということを理解しながら、接することが出来るかどうか、ということや。

実は人というのはそれをよう見とるんやと思う」


この言葉は幸之助さんが「聞き上手」と言われ「耳学問をしてきた」ということに通じます。

そして体の弱い幸之助さんが、人を生かした経営をしてきたという、幸之助さんの考えの根本にあったことではないでしょうか。


またむめのさんの言葉もいいのがありました。

「普段着とよそゆき、という考え方があるやろ。家では汚い格好をして、よそへ行く時はきれいな格好をする。

でも、よくよく考えてみれば、それは、本末転倒ではないやろうか。

ほんまなら、普段を大事にすることが、大切やということや。

たまにかっこええことをしても、それはほんまもんやない。

毎日しゃんとするから、それは意味を持ってくる」と言っています。


「普段を大事にする」ということは「目から鱗が落ちる」ような思いがしました。

むめのさんによるとその例として

「例えば、家に部屋がある。一番日当たりのいい、きれいな部屋を客間にする人がいてはる。

客人にとってはうれしいことやろうし、見栄張れるかもしれんが、これも本末転倒やと思う。

一番いい、使いやすい部屋は、自分達で使う部屋にするのがええはずや。

お客さんの部屋は、少々日当たりが悪うても、むしろ、落ち着ける部屋にする方が大事やと思う」


見栄を張ることではなく、毎日の自分達の生活が基本なのだということです。

同感です。

住みやすい環境を作りながら、しゃきっとして生活をする。

これもシンプルライフに通じるところがあります。


手の届く贅沢

日常、生活している中で、自分のお気に入りというものがあります。

身の回りにあるものの中で、私が気に入っている物の1つに酒器があります。

酒器も色々な種類がある中で、どうしてもその器に手が行きます。

ところがその気に入った器に限って、割ってしまうのです。


先日も続けて、大事に使っていた猪口を2つ、ウイスキーグラスを1つ割ってしまいました。

普段使いのグラス等はもう10年以上も使っても割れていません。

不思議なものです。

その気に入ったウイスキーグラスは3000円弱の価格です。

すごく高いものではないと思うのですが、家内からは「そんな高いグラスなの?」と言われてしまいます。


昨日そのグラスを購入した酒器関連を販売している女性が来社しましたので、改めて1個買いました。

彼女と仕事の話をしていると、最近の傾向を話してくれました。

お客様の中で少し高いものを買う人が増えているそうです。

インターネットで販売しているのですが、北海道の人より西日本の人の方がそういう傾向が高いとのことです。

バブルの頃の様に、ただ高いモノが売れたのとは違い、今は自分が気に行ったののなら若干高くても買おうとする人が多くなったのでしょうか。


ヒット商品のキーワードの一つに「手の届く贅沢」があります。

生活はシンプルにして、本当に自分の気に入ったものだけを使って暮らしたいという傾向があるようです。


私は早速買ったグラスでウイスキーを飲みました。

高いウイスキーではありませんが、他のグラスで飲んだ時より美味く感じるものです。


昨夜は少し「手の届く贅沢」を楽しみました。

会社対応

会社の対応の差は何によって起きるのでしょうか。

会社の市場占有率が№1№2№3に位置付けされるのは、その商品・サービスの良し悪しによって決められるのでしょう。

そして会社の対応はその順番で決まってくるように思います。

ホテルでも№1№2№3では価格も違うしサービスも違います。

デパートでも銀行でもその順位によって対応が違います。


そんなことをなぜ気にしたかというと、先日警備保障会社と契約した時の経緯がありました。

私の家は両親や娘と5人で暮らしていましたが、今は両親がなくなり、娘も上京して夫婦2人で暮らしています。

家の裏側は人目も無く、不用心なこともあり、ホームセキュリティをしてもらおうと思いました。

早速パソコンから警備保障会社3社にパンフレット送付を依頼しました。


依頼した翌日の午前中にS社から「パンフレットを持参します」と電話がありました。

その日の午後にはA社から同様な電話がありました。

C社からは後でパンフレットだけ送られてきました。

パンフレットを依頼したのですから、C社の対応でいいのです。

でもS社やA社の様に電話をもらい「見積もします」と言われると「お願いします」という気持ちになります。


2社から見積を取るのであればC社からももらおうと、C社の札幌支社に電話をしました。

「見積を依頼したいのでお出でいただきたい」と申し入れたのですが、忙しいので家の図面をFAXして欲しいと言われました。

その電話の対応で私はC社から見積をもらうのも止めました。

その対応によってセキュリティを依頼する先としては不安を感じます。

結局2社から見積を取り、金額の安い方と契約し、今はセキュリティも始まり安心な生活が出来ています。


この3社の対応を比べると、占有率1位のS社と2位のA社は若干の差はありましたが、ほぼ同じようなサービス対応でした。

3位のC社は違っていました。

価格から言えばC社がきっと最安値を出してきたと思います。

でも対応の良し悪しがセキュリティの良し悪しに繋がっているはずです。


会社とは良き人が集まれば良き会社になるとは限りませんが、良き会社は良き人を育てると思います。

良き会社かどうかは、やはり経営者の良し悪しでしょうか。

中国の経営者

昨夜ある会合があり京都から盛和塾事務局の人が来て話をしました。

その時話に出たのが稲盛さんの普段の姿です。

稲盛さんは私たちに対しては思慮深く、優しい指導者というイメージですが、実際の仕事では常に研ぎ澄まされた刀の様に触れると切れるような厳しさがあるそうです。

会社で稲盛さんから呼ばれるのは叱責の時がほとんどで、会長室に向かう取締役たちの足取りは重いといいます。

現在79歳でもその厳しさは変わらないようです。

JALの経営再建でもその強い仕事への思いは変わらず、それによって来年3月の決算でも良い収益予想が見込まれると言われています。


その稲盛さんが主宰する経営者の勉強会「盛和塾」の開塾が、今中国で立て続けに起きています。

稲盛さんの経営手腕に対しての評価が高くなってきているせいかと思いますが、重慶、広州、青島、無錫、大連に作られています。

先日の大連での開塾式では800名の中国の人が参加申込したそうです。

開催日の1週間で一気に200名増えるほどの勢いでした。

中国の盛和塾は勿論中国の人が自主運営することになりますが、今回の開塾式参加も含めての参加費用は1人5万円だそうです。

私はその金額を聞いて驚きました。

5万円を日本の価値換算すると50万円ほどします。

50万円のお金を払い勉強会に参加する人とはどういう人でしょうか。

日本ではそれほどの金額を支払って2日間の勉強会に出席する人はあまりいません。

中国には富裕層が増えていると言います。

確かにそういう人もいるでしょうが、50万のお金を支払ってでも商売、経営に対して真剣に考えている経営者がいるということでしょう。


この大連の開塾式に参加した私たちの仲間が驚いていたのは、30代の経営者が多かったことです。

そしてその若い経営者達の目の輝き・意欲が日本人と全然違っていたそうです。


12月には台湾で開塾式があります。

今度は私も参加しようと思っています。

どんな意欲のある台湾の経営者に会えるか楽しみです。

SOHOリレーフォーラム

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2011年SOHOリレーフォーラム
「SOHOリレーフォーラム」というのがあります。

これは9年前に東京三鷹市で始まったフォーラムです。

毎年場所を変えて日本の各地域で開催されてきました。

今年はまた東京に戻り、11月11日に多摩市で開催されます。

私も参加しようと思っています。


このフォーラムは全国のSOHOの人達同士の連携を深めるということを目的として、バトンタッチ形式で引き継がれ、各地で実行委員会を設立して開催されます。

来年は札幌で開催する予定で、私が実行委員会を立ち上げて取り組むつもりです。


先にも書きましたが、今年は東京の多摩市で行われ、多摩信用金庫が主催となって開かれます。

来年の準備のため、札幌でも銀行の協力が得れるかと、銀行と信金にその趣旨を話しました。

銀行も信金も同じ金融機関なので仕事内容は同じものかと思っていましたが、違いました。

信金の方が中小企業、零細企業、創業・起業に対しての支援体制が良くできています。

創業支援やビジネスマッチング業務をする部門を持ち、対応しています。


一方、昨日話をした銀行の方はあまり創業や起業については関心がなく、もっぱら貸し付けを増やそうとする目的が見え見えでした。

創業・起業支援の部門もありません。

以前にも書きましたが、本来銀行というところは起業家を育て、企業の拡大を支援していくことで、預金を集め、融資してきたはずです。

しかしそれは昔の話なのかというのを今回実感しました。

信金の方が地元の起業家を育てようという思い強いようです。


銀行や信金の協力がもらえるかどうかはこれからですが、11月には実行委員会を立ち上げていく予定です。

じっくりと実行委員会の中でフォーラムの企画を練ります。

まずは札幌らしい「テーマ創り」が手始めでしょうか。

これからまた、途中経過なども書いてゆきたいと思っています。


日本の高齢化

昨日の新聞に2010年実施の国勢調査の数字が掲載されていました。

日本の人口が1億2535万人。5年前より37万人減少しています。

しかし、外国人を含めた日本の総人口は逆に0.2%増えているそうです。

1億2535万人の0.2%は約25万人です。

日本の人口減が37万人なので、外国人は5年間で62万人増えていることになります。

この現象は良い悪いは別にしても私は驚きました。

5年間に62万人も増えたのです。


また日本の高齢化も進み、65歳以上の人は5年前より357万人増えて2924万人になったそうです。

それは総人口に占める割合が2.8ポイント増えて23%の割合になります

これは2位のドイツ・イタリアの20.4%をダントツに引き離しています。


この2010年に調査した時は、まだ団塊の世代が含まれていな時です。

2015年、2020年に調査する時は急激な増加が見込まれるずです。

過去5年で65歳以上の人が357万人増えたのですから、10年後はその倍以上になるでしょう。

団塊の世代のことを考えて750万人増えるとなると、日本総人口が2010年と同じとしてもその割合は35%になります。

この数字を見てみると改めて若年層に対して申し訳ないというより可哀そうな気がします。


現在は60歳定年から63歳・65歳と定年が延長になって行く傾向にあります。

元気な人は60歳を過ぎても仕事をしていいのですが、一方それが就職難の若年層の就業機会を奪うことにもなりかねません。

そう考えるとこれから高齢化社会が進む世界では、働き方を変えていかなければならないのではないでしょうか。


「定年になったからこれから気楽に遊ぶ」という考えは捨てて、自分のために働くという「身の丈起業」が必要になってくるように思います。

若い世代に負担をかけず、またその仕事を奪わないためには、新しく仕事を作っていくことです。

年金をもらっても不足する自分の生活費の足しにするくらいの仕事の程度でもいいのです。

ボランティアではなく、しっかりとお金をいただける仕事をするのです。

これから高齢化が進む日本では、今までの生き方・考え方を変えていかなければ、生きていけない社会になってしまいます。

高齢者も誰かに頼り、当てにするのでなく自分で何かを始める時ではないでしょうか。

「家業」と「事業」

起業を志す人と話をしているとそれぞれ夢を語ってくれます。

しかし実際に起業して暫くたつと、現実問題に直面していつの間にか夢や志を失ってい人が多いです。。

会社を起こして「事業」として発展するか、「家業」として終わるかは、持っている夢の大きさと内容によります。


ただ間違わないでください。ここで私は「事業」が良くて「家業」が悪いといっているわけではありません。

身の丈で起業し、自分の趣味を生かし、生甲斐と家族の生活を維持できればそれが自分の夢というのもあります。

それはとてもいいことです。


街の商店街には「家業」と言われる八百屋、米屋、酒屋、魚屋等があります。

親から引き継いで立派に「家業」としてお店を運営しています。

それが人々の生活を維持し地域に貢献しているのです。


もう1つの「事業」とは、企業が始めた商売を規模を拡大していく経営の事だと私は理解しています。

最初は「家業」と言われるものから始まって大企業になっていくことはあります。

その違いは持っている夢や目標の大きさとそれを見失わないことではないでしょうか。


例えばラーメン店をAとBがそれぞれ起業したとします。

AもBも起業した当初は一所懸命がんばります。

共にそれなりの売上や利益が出てきました。

1年ほど経つとAは毎日のラーメン店の運営にも慣れてきて、家族も喜び満足しています。

それ以上に拡大する気はありません。


一方Bの方は満足していません。

起業した当初から夢はラーメン店ではなくラーメン事業に乗り出したという思いがありました。

1店舗目を出す前から、どの時点で2店舗目を出すか、100店舗を達成するにはいつまでに、どのように進めるか。

その資金、人材、出店地等の思いを持っています。

勿論、具体的には1店舗目の店が予定の売上と利益が出てから次に着手します。

今の成功に満足しないで常に次を考えています。


「事業」を起こす人を「事業家」と言います。

経営者とはまたちょっと違うかもしれません。

常に商売、事業を拡大するために、意識は仕事のことばかりで、これでいいとは思わない人です。

このような人が事業を拡大して、パナソニックやホンダ、京セラなどの大企業にして、多くの雇用を生み、税金を支払っています。

生活密着の「家業」も必要。そして、国を発展させる事業家も必要です。


今の日本には「事業家」を志す人がより必要かと私は考えます。

日中友好映画祭北海道応援団

以前にもこのブログで紹介しましたが、昨日「日中友好映画祭」があり、行ってきました。

日本ではまだまだ中国映画は認知されていません。

それでも東京では「東京国際映画祭」の正式イベントとして、2008年より「東京・中国映画祭」が開催されてきました。

今月の24日に中国映画関係者が来道して、昨日の25日はオープニングセレモニーの後映画上映、18時過ぎからレセプションパーティーが開かれました。

30日まで中国映画週間として札幌市内の映画館で12本ほど上映されます。


この映画祭に私が参加したのは知人に誘われてです。

大分以前に札幌で映画祭を開くことが決まったのですが、中国映画がまだ日本人に認知されていないため、あまり盛り上がっていなかったのです。

それを知った人が中心となり「日中友好映画祭北海道応援団」をつくり団員を募集しました。

会費1万円でしたが100名の予定人数をオーバーする人が集まったそうです。


参加者の中には数年前より農業を始め、今では農産物に付加価値を付けて新しい商品として売っている人。

北海道の海産物の中でも美味しいものを掘り起こしている人。

アメリカの西部劇に出てくる馬(サラブレっとではありません)を飼育し、乗馬体験、映画の乗馬指導などをしている人。

起業をお手伝いしている若い人等バイタリティに溢れた人達が参加していました。

参加した人達に共通しているのは「面白そう」とか「楽しそう」だから「応援してやろう!」という思いです。

外に向かって行動する人達です。

ですから話をしていて大変楽しかったです。


誰かのために行動するという人達は話をしていてパワーを感じます。

回り回って自分のためになることであっても、最初に人のために動くことは大切です。


昔、生命保険の契約高日本でトップという女性の話をテレビで聞いたことがあります。

その人は保険のセールスはほとんどしなかったそうです。

知人の商売のお手伝いばかりしていました。

車が欲しいという人には知人のディーラーを紹介し、高級服地の販売があるといえばどこかの社長を紹介したりしていたのです。

その内にお世話に合った人達がその保険セールスの女性のために代わって、保険の勧誘や紹介をしてくれるようになったそうです。

それが日本トップの獲得数に結び付いていったのです。

人が喜んでくれることを一生懸命することが、いつか自分に帰ってくる「タライの水」現象でしょうか。

仕事に成功している人の多くはこのような人達です。

長所と欠点

人には欠点が多くあります。

そして自分の欠点を思い浮かべれば、すぐに何個も出てきます。

それに比べ長所と言うとなかなか出てきません。


私は社会人になった若い頃、周りの人から色々欠点を指摘されることが多かったです。

私は素直?なので人の話をよく聞く方でした。

ですから言い易かったのだと思います。

私は素直で真面目に一生懸命欠点を直そうと努力しました。

少しは直ったかもしれませんが、それと同時に自分に対しての自信も無くなったように思いました。


小さい子供の頃は「良いこと」「悪いこと」を教える為にも、指摘して教育していくことは必要です。

しかし社会人になれば長所を伸ばすことに力を入れて教育するべきでしょう。

そして特に30歳を過ぎた人間には欠点を直そうとしても無理です。

無理なことに力入れるより長所を伸ばすことです。

私も起業する人達に言うのは、自分の良いところを見付けて、それを意識して伸ばすようにすることが起業を成功させるコツだと言います。

起業した時会社はまだ小さく、「個人=会社」の形が多いです。

その時は欠点を振り返るより、自分・自社の良いところを伸ばすことに力を入れることで、収益はどんどん上がります。

会社の実態が「個人=会社」の時はそれでいいです。

会社が大きくなり、その実態が「個人≠会社」になった時、長所を伸ばすとともに、欠点を拾って直すことに意識を変えなければなりません。


過去には折角大きく成長してきた会社が、不正営業行為やアフター体制の不備等のため、会社が無くなってしまった多いう例が多くあります。

個人のレベルでは長所を伸ばすことに力を入れ、会社が個人経営のレベルと超えた時は欠点を無くし、コンプライアンスを守らなければなりません。

会社のトップはその切り替えをどこでするか、その判断がとても重要なのです。


その時に会社の理念や使命が明確に作られるのでしょう。


保険について

先週朝食会があり、今日はその時のお話を書きたいと思います。

朝食会は毎月第3火曜日朝7時30分~8時30分の1時間、私の事務所で開いています。

今回は「あなたが知らない保険。あなたの保険は大丈夫?」と題しての話でした。

1時間ほどの短い時間でしたがよく分かる話していただきました。


今は昔の様な1社の保険だけを取り扱うことは少なく、広く各社の商品を扱えるようになっています。

それによって、お客様の年齢、生活状況・環境に合わせた組み合わせが出来るようになりました。

「死亡した時、家族に残すお金」「長生きをすることで必要なお金」等その人にとって必要なお金はそれぞれ違います。

保険はその組み合わせで、その人の収入と目的に合わせた組み合わせが出来ます。

簡単にですが具体的な仕組みもを教えたいただきました。


話の中には保険の裏話もありました。

相続でも保険が生かされる話です。

講師が実際に扱った事例です。

ある人が5000万円のお金を持っていました。

相続人はA、B、C3人いるけれど、自分が死んだ時は面倒をよく見てくれるAに全て残したいと思っています。

その思いで遺言書を残しても、全てのお金がAにはいきません。

BやCから請求があれば法定相続分は支払われてしまいます。

ところがAが受取人指定の5000万円の生命保険に一括入金して契約すると、死亡した時は5000万円の保険金は全額Aに行くそうです。

保険金は相続対象にはならないそうです。

ただ、Aは相続できなかったBやCとはもめるでしょう。

結果お金ばかりでなく争いの種まで残していてしまうことになりますが、そうゆう手段もあるということです。


病気疾患で保険に入れない場合の話です。

病気疾患で保険に入れなくても、2年間経過すれば保険会社に拒否権が発生しなくなり、その病気で入院しても保険金が出るそうです。

この事は保険約款に書いてあることです。

勿論、約款に「隠し通せば」とは書いていませんよ。


保険のコンサルタントというプロは各保険会社にとらわれず、自由にお客様の立場でお金・保険のプランを組んでくれます。


各生命保険、損害保険の全ての会社の商品を知っている人はいないと言われるくらいその種類は多いです。

自分に合った保険選びはプロと相談するのがいいのではないでしょうか。

機会がありましたら気軽に相談してみてはいかがですか。

ものごとをシンプルにとらえる

今日で「京セラフィロソフィ」の最終項になります。

78項「ものごとをシンプルにとらえる」です。

稲盛さんは次のように書いています。

「私たちはともとすると、物事を複雑に考えてしまう傾向があります。

しかし、物事の本音を捉える為には、実は複雑な現象をシンプルにとらえ直すことが必要なのです。

事象は単純にすればするほど本来の姿、すなわち真理に近づいていきます。

例えば、一見複雑に見える経営というものも、つきつめてみれば[売上を極大に、経費を極小に]という単純な原則に尽きるのです。

京セラの[時間当たり採算制度]も、この単純化してものごとをとらえるという考え方をベースにしています。

いかにして複雑なものをシンプルにとらえ直すかという考え方や発想が大切なのです。」



また、稲盛さんは技術者としての観点で続けて書いています。

「技術者は実験をした時、その現象の中から本質的なもの真理をつかみ取ろうとするものです。

それが発明、発見につながります。

実験をしていれば複雑な現象が起こります。

その現象をそのままにしないで、その源は何かを見ていくことが必要なのです。

エジソンのような有名な技術者や科学者は複雑な現象をシンプルにとらえる直感力というか、分析力を持っていると思います。

会社の中で社内会議でも『これは複雑な話です』と言って、複雑な話をより複雑に説明する人がいますが、これはダメです。」


私も本を読んでいて感じることがあります。

翻訳本で多いのですが、書いてある中身が何度読んでも分からないというものがあります。

本の中身が深いもので、私の理解力が及ばないということもありますが、それにしても「もっと簡単に書けないか!」と思うこともあります。


稲盛さんはシンプルに見る為にはどうすればいいかということも書いています。

それは心を静めることだと言います。

「雑駁な感覚では、複雑な現象をシンプルにとらえることなど出来ません。

「心眼を開く」と言われるように、落ち着いた目でものごとを見ると、その神髄が見えてくるのです。」


確かにそうかもしれません。

経営する時、基準を損得で判断しようとすると、複雑な絡み生まれてきます。

正しいか、そうでなきかで考えるとシンプルに判断できます。


稲盛さんは最後に

「会社でも経済界でも、また政治の世界でも、リーダーとなれる人は皆、物事をシンプルにとらえる才能を先天的に持っている人だと思います。

またそうでなければリーダーにはなれないと私は考えています。」 


以上で京セラフィロソフィは終了しました。

この勉強会は時期を見てまた再度開催したいと思っています。

ダブルチェックの原則を貫く

今日は「京セラフィロソフィ」77項「ダブルチェックの原則を貫く」です。

これも稲盛和夫さんが書いた「稲盛和夫の実学」という本の中でも紹介されています。

これについて稲盛さんは次のように書いています。

「人は誰しも単純なミスを起こすことがあります。

また、してはならないと知りながらも、つい魔が差したように不正を行ってしまうことがないとも限りません。

こうしたミスや不正を防ぐためには、複数の部門や人が関わるダブルチェックのシステムが働くようにする必要があります。

物品の購入における受入部門と検収部門という複数部門によるチェック、公印の捺印における捺印者と保管者という複数の人によるチェック、数字の計算における2者検算等はその代表的なものです。

特に金銭関係や、物品の管理においては、このダブルチェックを徹底し、ミスや不正を未然に防止する体制にしておかなければなりません。」



会社におけるお金の不正行為はよく聞く話です。

正直に言うと、私どもの会社でも昔ありました。

稲盛さんも書いているように、これはマネジメントの責任です。

不正が出来ないようなシステムにしなかった経営トップの責任です。

このシステムが出来ていれば人を罪人に陥れることはなかったのかもしれません。


このダブルチェックの中で、特にお金に関することは最重要でしょう。

実印や銀行印は本来社長が押すものですが、多忙のため経理部長などに任せている場合が多いです。

その経理部長が1人で全て出来るようにすると不正が起きる温床を作ります。

金庫を開ける人、印鑑箱の鍵を開ける人、そして押印する人と分けておけば間違いが起こることは少ないでしょう。


仕入もそうです。

ホテルなどではコックに仕入れを任せると、仕入れ業者と組んで差額を作り、ピンはねするという話は昔よく聞きました。

ホテルの調理長をすれば、家が建つとまで言われたことがあります。

今はほとんどのホテルでは調理場から発注依頼を購買係に出し、購買係が発注し、品物の検品は調理場でします。

分業制にしています。

このシステムをつくってもそれを運用する責任者の選任は大切です。

必ずルールを守るという人に任せなければなりません。

自分の都合に合わせてルールを変えるような人には任せられません。

例えば、交差点の信号のところで、すき間を縫って平気で渡ってしまう人と、全然車が来なくても信号を守る人がいます。

平気で渡ってしまう人には任せてはいけません。

どんなことがあっても信号が変わるまで渡らない人こそシステムの管理責任者や金庫番に最適です。。

これは私の経験の中で得た経営管理の重要なポイントです。

1対1の対応の原則を貫く

今日は「京セラフィロソフィ―」の76項「1対1の原則を貫く」について説明します。

この項と次回書きます「ダブルチェックの原則を貫く」は経理に関して書かれたものです。


稲盛さんは「1対1の原則を貫く」について次のように書いています。

「ものごとを処理するに当たっては、どんぶり勘定でとらえるのではなく、ひとつひとつ明確に対応させて処理することが大切です。

たとえば伝票なしで現金や物を動かしたり、現金や物の動きを確認せずに伝票のみで処理するというような事があってはなりません。

売掛金の入金チェックにしても、どの売上分をどの入金分で受け取ったかを個々に対応させながら1対1で消し込むことが必要です。

また、生産活動や営業活動においても、[総生産]や[総収益]と言った、いわゆる収益とそれを生み出すために要した経費を正確に対応させ、厳密な採算の管理を行うことが必要です。」


この事は稲盛さんが書かれた「稲盛和夫の実学」の中で詳しく説明されています。

この本は稲盛さんが書いた他の本とはちょっと違っています。

多くの本は人として、社長としての考え方や生き方を説いていますが、この本は実務に書かれています。

まだお読みでない方は是非お読みください。


話を戻します。

どのような会社でも作った製品が納入される時、必ず納品伝票が付いています。

それに先方から受領印をもらって初めて売上として計上されます。

必ず物と伝票が共に動きます。


現金の入出金もそうです。

現金が入出金する度に、出金伝票や入金伝票が起票されそれには相手の名前や適用が記入されています。

一時的に現金を出さなければならない時も、仮伝票を起票します。

たとえ社長だからといっても勝手に持ち出してはダメです。


この1対1の原則を守ることは企業の透明性を高め、不正を防ぐことになると稲盛さんは強調します。

それに関する1つの話を上げています。

ある大きな会社で決算月の3月に予定していた売上や利益が達成できない。

そこで取引先に「うちの売上が立たず困っている。3億円をそちらから売上を立てもらえないか」と頼むそうです。

品物はないのに取引先に仕入伝票を発行してもらい、自分のところは納品伝票を立て、出荷したようにします。

4月の半ばくらいになると、返品伝票を切ってなかったことにします。

架空の売上が上がり、また品物が無いので経費も発生せず、売上は100%利益になってしまいます。

それは粉飾決算です。そのようなことは絶対あってはならないのです。


不正の温床を作らない為にもこの「1対1の対応原則を貫く」は重要なことです。

そして経営者トップがそれを実践して示していかなければならないことは当然のことでしょう。

製品の語りかける声に耳を傾ける

今日は昨日に引き続き「京セラフィロソフィー」の紹介をしたいと思います。

75項目「製品の語りかける声に耳を傾ける」です。

これについて稲盛さんは次のように書いています。

「問題が発生した時や、仕事に行き詰まった時には、その対象となるものや事象を真剣に、謙虚に観察し続けることです。

たとえば、製造現場では、あらゆる手を尽くしても歩留まりが思ったように向上せず、壁にぶち当たることがよくあります。

そんなときは、製品や機械、原材料、冶工具に至るまで、工程全体をすみずみまで観察し、素直な目で現象をじっと見つめ直すことです。

不良品や整備の悪い機械があれば、その泣き声が聞こえてくるはずです。

製品そのものが解決のヒントを語りかけてくれるのです。

先入観や偏見を持つことなく、あるがままの姿を謙虚に観察することです。」


稲盛さんはこの項目について19ページにわたりご自分の思いを説明しています。

その中には製品開発・完成までの苦しい思いなどがあるのか、過去の製品製造について詳しくその工程が書かれています。


「製品の語る声に耳を傾けて製造すると、手の切れるような製品を作ることが出来る」と書いています。

やはり仕事に真剣に打ち込むと、自分の作る製品に限りない愛情が生まれないのです。

そして「自分の製品を抱いて寝たい」と思うに位にならないと、いい製品は出来ないのです。


また「調和の感覚のない人間に不良品や異常は発見できない」とも書いています。

整理・整頓・清掃は口やかましく言うそうです。

机の上に書類が斜めになって置いてあると、「机はスクエアなのだから、辺に平行におかなければバランスが取れず、気分が悪いでしょう。四角いところには四角であるように、辺をそろえておきなさい。」

即ち稲盛さんは四角の机の上にものがバラバラ置かれているのを見て、それに違和感を覚えないようでは、いい製品というものを理解することも出来なければ、それをつくることも出来ないと言うのです。


私も新入行員時に言われたことを思い出しました。

壁にかかっている絵が傾いていることに誰も気付かず、直さなかったことを支店長は叱りました。

絵が傾いていても、それに何も違和感を感じないことを指摘したのです。

そのようなことにさえ気付かないと、お客様への心配りもおろそかになり、そしてお金のミスも招くと言っていました。


「製品の語りかける声に耳を傾ける」ためには、繊細と言われるほどの心配りと愛情が欠かせないことなのでしょう。

手の切れるような製品

昨夜は「京セラフィロソフィ勉強会」を開催しました。

今回は18回目で最終回になります。

これで78項目の勉強が全て終わりました。

今回学んだのは次の項目です。

74項「手の切れるような製品を作る」
75項「製品の語りかける声に耳を傾ける」
76項「1対1の対応の原則を貫く」
77項「ダブルチェックの原則を貫く」
78項「ものごとをシンプルにとらえる」

今日は74項の「手の切れるような製品を作る」について説明します。


稲盛さんはこれについて次のように書いています。

「私達が作る製品は、『手の切れるような製品』でなくてはなりません。

それは、たとえばまっさらなお札のように、見るからに鋭い切れ味や手触りを感じさせる素晴らしい製品のことです。

製品には作った人の心が表れます。ラフな人が作ったものはラフなものに、繊細な人が作ったものは繊細なものになります。

たくさんの製品を作って、その中から良品を選ぶというような発想では、決してお客さまに喜んでいただけるような製品はできません。

完璧な作業工程のもとに、1つの不良も出さないように全員が集中して作業にあたり、1つ1つが完璧である製品作りを目指さなければなりません。」



続けて、「手の切れるような製品」について稲盛さんは経験の中から次の様なことを書いています。

「半導体のパッケージを作ろうとしてある技術者にリーダーとなってもらい、研究開発を始めました。

半導体パッケージの開発は今まで誰も経験したことのないほど過酷な作業でした。

苦労の末やっとそれらしきものが出来あがると開発リーダーが私のところにサンプルを持って来ました。

苦心惨憺して作ったことは分かっていたのですが、それを見た時どことなく薄汚れているように映りました。

薄汚れていはいたのですが、製品自体は半導体パッケージとしての特性はすべて満たしていました。

それでもそれを見た時、『なるほど性能は間違いないが、これでは駄目だ』と言いました。

リーダは『なぜですか特性は全部満たしています』と言い返します。

それでも私は『見てみろ。薄汚れているじゃないか』と答えました。

大変苦労して出来上がったのですから、彼は気色ばんで食ってかかりました。

『あなたも技術者なのだから、理論でものを言うはずでしょう。それを薄汚いとはどういうことですか!

薄汚いことと製品の特性とは関係ないはずではありませんか。感覚で判断するなんて、おかしいじゃありませんか。』

『測定の結果特性は立派に満足していると君は言うけれど、これだけ変色しているということは、スペックも何とか合格ラインにのったというようなサンプルであって、最高の出来栄えとは言えないはずだ。

本来、立派な特性を備えているものは、見た目も美しいものであるはずだ』と私は彼に説明しました。」


「最高の出来栄えであるものは見た目も美しい」ということが、稲盛さんが言う「手の切れるような製品」なのです。


この稲盛さんの話と先日亡くなったアップル社のスティーブ・ジョブズ氏の行動とが重なります。

スティーブ・ジョブズ氏は、Macintoshにはシンプルな美しさが必要だと考え、基板パターンが美しくないという理由で、設計案を幾度となく却下した。

また、同じく美しくないという理由で、拡張スロットの採用を拒否したり、みすぼらしいフロッピードライブのイジェクトボタンをなくさせ、オートイジェクトを導入させることも行わせた。(ウぃキぺディアより)


ジョブズ氏はMac製品の美しいデザインに執着を持って取り組んでいたのです。

より良い製品とは美しくて手の切れるほどのものなのです。


稲盛さんは野球選手にもたとえて、優れた投手は投げるフォームも美しいと言います。

そう言えばイチローのプレーする姿が美しいのも、それに通じるモノがあると思います。

下請会社

昨夜は盛和塾の勉強会があり、稲盛さんのDVDを見てそれについて討論をしました。

1993年に石川の開塾式での講演です。

18年前で稲盛さんも60歳頃なので若々しく、話の内容も当時の京セラの経営内容を具体的に話していました。

その中で特に私が興味を持ったことを紹介します。


稲盛さんは「商品の売値は『買った人』が喜び、『売った人』も喜ぶ値段が最適の売値です。」と言います。

京セラは下請会社として仕事をして来ました。

京セラは創業時から松下電器の下請としてセラミック製品を納入していましたが、絶えず値引きを求められていました。

値引きをしても次回はもっと値引きするように要請されます。

仕舞いにこれ以上出来ないというと、損益計算書の提示を求められ、そこに利益が出ていれば、その分安くするように求められたそうです。

私だったら「そこまでさせられることはない」と言って穴を捲くってしまいます。

稲盛さんはそのような値下げ要請がある中で、松下電器が本当に求める最低の金額を聞き、たとえとても出来そうもない価格でも受けることにしました。

そしてその最低の価格を売値として、その中から京セラとしての利益を出す努力をしました。

結局「売値は使う人の価値で決まる」ということです。

しかしその売値で利益が出てくれば、先に書いた「買った人」が喜び、「売った人」も喜ぶ最適の売値になるのです。


一般的に言えば下請会社は立場的に弱者です。

その為、つい下請から離れ完成品を売る業態へ変更したいという気持ちになりがちです。

稲盛さん盛和塾の塾生経営者からそのような相談をされることが多いそうです。

その時稲盛さんは下請会社は下請会社で利益を出すように努力しなさいと言います。

慣れない完成品を売る会社にしようとするから倒産していまう会社が多いのです。

先ほどの様に松下電器の下請会社となれば値引き攻勢がありますが、一方松下電器にしてもそこまで突っ込んで京セラと仕事をしていれば、簡単に他社に乗り換えることは出来なくなります。

お互いに相手の存在を認めざるを得ないのです。

下請けだから利益が出ないということも無いのです。

先ほどの様な松下電器とのやり取りの中で値引きを依頼されても、京セラは経常利益を10%以上確保してきていたのです。


下請会社という会社は多いと思います。

稲盛さんは京セラは下請会社だとハッキリ言います。

でも京セラの経営は下請会社でも工夫と努力で利益が出せる会社にすることが出来るということを教えてくれます。

やはり利益が出ないのはこの工夫と努力が不足しているからなのでしょう。

蓄電池

東日本の大震災後、原子力発電の賛否など電力問題がクローズアップされています。

日本中で夏場には節電に努めました。

それと同時に蓄電に対しての関心が高くなっています。


今朝の新聞に「蓄電池の性能が高くなってきている」と書かれています。

トヨタ自動車は連続走行距離が100kmに迫る次世代電池を試作しました。

マツダは電池の容量を2倍近くに増やせる電極材料を開発。

NECは20年間持つ長寿命の住宅用蓄電池を可能にしました。

今まで電気を蓄電することが難しかったたのですが、ここへきて飛躍的にその蓄電性能が伸びてきました。


そうすると今まで電力会社が発電しても無駄にしていた電気を蓄電しすることが出来ます。

家庭で発電した電気も蓄電することが出来、家庭で使う電気の自給自足が可能になるかもしれません。

また、世界中で進められている電気自動車の普及も早まるでしょう。

そうなると、世の中の様子がガラリと変わります。

ガソリンの需要が急減し、産油国も別の産業を改めて構築していかなければならなくなります。

ガソリンスタンドの数も大幅に無くなるでしょう。


ポケベルが出てきてフィーバーしましたが、一時的なもので終わりました。

PHSの出現により無くなってしまいました。

そのポケベルで大きな利益を上げた会社も今は既にありません。

PHSも携帯電話が出てきてから、同様な流れです。


私はこの高性能の蓄電池が出てきたことによる世界に与えるショックは、ポケベルやPHSの盛衰どころの比ではないくらい大きいと思います。

産業構造も生活環境も大きく変わります。


世の中で大きな動きがある時は、このことによる影響を早くから察知して、自社の経営方針を見直すことが大変重要になってきます。

自社の強さと、新しい動きをどう結び付けるか、それを考えるのがトップの仕事です。


高性能の蓄電池は世の中を変える可能性があります。

その時の自分の生活がどのようになっているか想像してみるのも楽しいのかもしれません。

運の違い

今日は「運には違いがある」ことを書きたいと思います。

最近たまたま人と運の話をしていて思ったことです。


人が何か運が良くなることを一生懸命しても、思い通りにならないことがあります。

それは人のマネをしているからです。

人マネをしても、うまくいかないものです。

でも、それが分からなくて無理をしている人がいます。


時として人は成功して人の体験を本で読み、それをマネしようとします。

その人の考え方を学ぶのは良いのですが、その人の経験をマネすることはできません。

どうしてもその対象があこがれの人であればあるほどマネをしたくなります。

でもその通りにはなりません。

羨ましがっても、それはその人の運です。

同じにはなりません。


私も最近納得してきたことですが、その人にとっての運はその人のやり方をしなければ付いてきません。

別な人のマネをしてその人と同じような運を得ようとしても無理です。

自分のやり方をすることが大切です。

自分のやり方を探す為には素直になることです。

まず素直になること。

そして本当に自分が好きなことを見付けること。

好きなことが見付からなければ、今やっていることを一生懸命すること。

それをすれば、その人だけの良い運が付いてきます。

また欠点を直したり、足りないものを加える努力より、自分の長所を伸ばしたり、楽しいことをすことの方がより運を呼び込むと思います。

また、良き運は気付かない内に訪れていることが多いのです。

気付かない内に訪れている運を無くさないようにするために、常に感謝の気持ちを持つこと。

運がいいと思うことと、運がいいと口に出すことが大切です。


そんなことをしているうちに、その人だけの良き運が集まり、それが蓄積し、より高い運を連れてくるようなります。

人と違った、自分だけの、自分に合った運が付いてきます。


早くそれに気付いた人が幸せになると私は信じています。

社格

昨日のテレビや今朝の新聞報道で九州電力の問題が取り上げられています。

自社が設置した第3者委員会が出した結論を、気に食わないからと言って無視して、勝手に作った報告書とはあきれてしまいました。

日本国民のほとんどが憤慨していると思います。

外部の調査委員会が作った調査を無視するのは、まだ理解できます。

自社が選定した人が中心となった第3者委員会の結論を無視してしまうことは、自己否定につながることで、電力問題を別な面から混乱に陥れることになります。


日本にある9つの電力会社は九州電力と同じよなう体質があると思います。

9社とも誰に対しても強い立場にある会社です。

それは電気料金は認可制ですが、その料金の裏付になるコスト計算は掛った分をそのまま計上しています。

普通の会社は合い見積を取り、少しでも安く購入しようと努力します。

でも電力会社はほぼ言い値で購入するそうです。

そうすることで、納入業者に対してより優位に立てます。

また官庁に対しては天下り先として優遇されます。

電気の購入者である一般企業や個人に対しては、電力の競争相手がいないので国が認可した金額がそのまま通ります。

本来一番頭が上がらないはずの顧客に対しても頭を下げる必要がないのです。


民間企業で日本の電力会社ほど強者の立場でいれる会社は世界中にないのではないでしょうか。

「お陰様」いう謙虚の心のない会社が存在することはもう許されない時代になってゆきます。


発・送電の分離などの電力の自由化を本格的に進めなければ弊害は無くならないと思います。


現在のような形で電力会社が存続し、今回の様な九州電力のような対応が許されていると、「金儲けだけが目的」みたいに企業経営全体が思われ、そのような不信感が若い人達に広がるのを恐れます。

九州電力のホームページを見ても明確な経営理念が見つかりませんでした。


経営者が心を高める努力をすることで、「人格」が上がるとともに会社の「社格」が上がります。

「貧すれば鈍する」にならないように。

日中友好映画祭

昨日琴似の街を歩いていると偶然知人と会い、「お久しぶりですね」と挨拶をしただけで別れました。

夕方にその彼から電話がありました。

「偶然山地さんに会って、山地さんなら興味を持つ話がある」と言うのです。

その話は「日中友好映画祭」のことです。

私はあまり映画に興味はないのですが、面白そうな話でした。


「日中友好映画祭」は、中国では北京と上海、日本では東京と札幌の2カ所で開催されます。

昨年までは東京と上海だけだったのだそうですが、今年北京が加わり、日本で東京ともう1カ所を選定しようというとなりました。

色々な都市が候補に挙がったのですが、結局札幌になりました。

折角札幌で開催されるのだからこの映画祭を盛り上げようと勝手連的に応援団というのが立ち上げられました。

応援団長は帯広の後藤健市さんという方で、帯広屋台村創立に係わった人です。

先にも書きましたが私は映画にはそれほど興味はありませんが、勝手に応援団を作り勝手に応援するというのに興味を持ちました。

今月の24日・25日に行事があります。

先ほど申し込みしました。


何事も、何がキッカケになるか分からないものです。

だからと言って目先のことばかり考えていてはチャンスを逃します。

大事なのは「面白そう」と興味を持つことだと私は思っています。

面白ければ結果何が無くてもそれで満足します。

それにもし、プラスαが付いていればラッキーです。

そんなことの繰り返しから、人とのつながりやチャンスをつかむことが出来るのです。

その為には「行動」です。

動かなければそのチャンスに出会えません。


私は最近この「行動」が鈍くなってきていると自覚していました。

昨日の偶然の出会いから、面白い話を聞き、行動のキッカケが得ることが出来、知人に感謝しています。


日中友好映画祭についてはまたお伝えします。

社長になる

先日、生命保険の仕事をしている人が来社されました。

保険の仕事をしている人同士が集まって、1つのグループを作り共同で運営しています。

昔と違い現在は1人でどの保険会社の商品を扱ってもいいようになっています。

生命保険ばかりでなく損害保険も取り扱えるそうです。

来社いただいた彼に、今度私が属しているサークルで保険に関した話をしてもらおうと思っています。


彼の名前を仮にAさんとします。

今日はこのAさんのことを書きたいと思います。


Aさんは大学の建築科を出たので最初に就職したのは建築会社でした。そして建築現場に入りました。

1つの現場が終わればまた新しい現場。その都度組む業者仲間はほとんど同じ人同士。

そのような仕事が続きました。

暫くそのような生活をしていると、何か物足りなさを感じるようになってきたそうです。

新しい出会いが欲しいと思うようになったのです。

そしてそんな時にフッと思い出したのは、「若い頃からの夢は社長になること」。

その夢を叶えるには今の生活では実現出来ないと思い、改めて営業マンになろうと思ったのです。

それで、一大決心をして社長に辞表を提出しました。

社長は営業が希望なら配置転換すると言ってくれたそうですが、別のところで自分を試したかったのです。


営業の仕事は沢山あります。

その中で選んだのが保険の仕事でした。

保険の仕事は、働けばそれなりに収入は増えますが、手を抜くと減ってしまいます。

彼は手を抜くと収入が減ってしまう保険の仕事を選んだのです。

それは歩合給制だからです。

彼の話では、「普通の固定給の営業では、収入が安定している。自分は怠け者なので、その上に胡坐をかく生活になる」ことを恐れたそうです。


Aさんは28歳の時に会社を辞め、現在は32歳です。まだ若いです。

私は最近若い人から「将来は社長になる」という声を聞くことがほとんどなくなりました。

久しぶりにリスクを背負い「社長になる」と起業を志す若い人にお会いすることが出来ました。

これからも見守り、支援して行きたいと思っています。

交流の場

今日は私も会員になっているビール会があります。

以前にも紹介しましたが、これはサッポロビールが愛飲者を増やすために作ったサッポロビールを飲む会です。

本来は母が亡くなって49日もたたないでこのような会に出るのははばかれますが、今回のビール会の幹事が私になっており、また会葬のお礼も兼ねて出席することにしました。

ただ、明日は会社の健康診断の日です。前日は禁酒しなければならないらしいです。

日のめぐりが悪いですね。


この西サッポロビール会は50年の歴史があります。

私の父も会員でした。その後私が引き継ぎました。

会員のメンバーは私より年配の人が多く、私はズーと若い方です。

参加されている多くは既に現役を引かれ、皆さんは月に1回開かれるこのビール会を楽しみにしています。

それなりに楽しい会です。

ただ、先にも書きましたが、若い人が少ないのです。

飲むだけの会では本当にビールが好きな人は入会しますがそれ以外はあまりいません。


若い会員が少ないという点では他の会でもそうです。

ロータリークラブやライオンズクラブは入会していることがステータスシンボルの会でした。

その会でも若い人がいないと聞きます。

その理由は年配の人が退会しないからです。

どのような会であれ、人脈を広げ、それを仕事に生かすことを目的に入会します。

30年以上前だと、現役の社長たちが中心となり、その社長同士の交流の場でまた商談の場でした。

そのような会であれば、皆が参加したくなります。

ですからその頃は入会規則も厳しいものでした。

そうなると益々その価値が高まります。


しかし今はその現役だった人達も仕事を離れ悠々自適に生活しています。

そして入会している会に出席することが楽しみになってきます。

こう言っては申し訳ないのですが、もう「老人会」になっているのです。

そこに入会した若い人は、その会では下の位置にいるので、いいように使われます。

ローターリークラブやライオンズクラブのように奉仕活動をするところではそれが顕著にあらわれ、若い人達に負担が多くなります。

益々若い人は入りません。

会則では退会年齢が書いてないところがほとんどです。


今の若い人達は新しい交流の場であり、商談の場を求めています。

その入会の目的からも、現役の社長の少ない会には入らないでしょう。

今後そのような会は消滅していくのでしょうか。

それを防ぐには退会年齢を明確にして、活性化していくことしか生き延びることが出来ないように思います。


現在は新しい交流会や商談を目的とした会等が出てきました。

ただ、必要かどうかは別にして、ロータリークラブやライオンズクラブに代わるステータスクラブはまだないようです。

ステータスクラブはやはり高度成長期の産物だったのでしょうか。

オトン

昨夜、昭和歌謡のライブに行ってきました。

私の友人がギターとボーカルをするというので、妻と行ってきました。

この友人の事は前にも書いたかもしれませんが、大手旅行会社の取締役までして60歳の定年できっぱり仕事を辞め、趣味の音楽の世界に入り込んでいます。

彼はこのバンドではギターを弾いていますが、時にはジャズバーでウッドベースも弾き、また尺八はプロ級です。

ボーカルとして訓練のためボイストレーニングにも通っています。

時折尺八の先生として私たちの母校の邦楽部にも指導に行っているそうです。

なかなか忙しそうです。


この昭和歌謡のバンドは夏には北海道各地で演奏活動もして来ました。

昨夜はOtone(オトン)という雑誌の取材も入って、盛んに写真を撮っていました。

そんなこともあり、昨日のバンドメンバーは特に力が入っていたようです。

バンドメンバーは2人の若い女性の他はおじさん(オトン)です。

まだ現役のおじさん、既に自由の身のおじさん、立場は違いますが趣味の世界に生きる元気なおじさん達です。

Otoneという雑誌は40~50歳代をターゲットにしている北海道の雑誌なので、取材ターゲットとしてはこのバンドはピッタリです。


昨夜のライブ会場は30席位のバーで行われましたが、50名程が集まりビッシリ。

窮屈な思いで2時間近く座っていましたが、スカスカのライブより窮屈なライブの方が盛り上がります。

そのほとんどが年配の女性。

こちらの方も元気で、大きな掛け声出て、和気藹藹のライブでした。

何においても、何かに熱中できるものを持つことは人生を幸せにするのだと再認識しました。


帰り道、妻とは「私たちも元気でいれる70歳までの10年間どう生きるかだね」と話しながら帰りました。

休日の過ごし方

先月も今月も連休が続きます。

連休の過ごしかたは皆さんはどうされているのでしょうか?

私は出不精なので家にいて、本を読んだり、サックスの練習をしたり、またなにがしら用事があり、1日が過ぎてゆきます。

運動もあまりしません。その為体重が増える兆しがあります。

そのような状況を心配した妻が強制的に朝のラジオ体操、休日は1時間の散歩を指示しました。

素直が取り柄の私はそれから体操は毎朝ほとんど欠かさずしています。

散歩も昨日・一昨日しています。


私は毎朝「している」ことが2つあります。

このブログを書くこととあることをしています。

この事は口外していませんのでここでも書きませんが、10年以上欠かさずしていますので、私は結構「根気がある」と自認しています。

なので今回のラジオ体操も長く続くのではないかと思います。


昨日も妻と散歩をしましたが、私たちは歩きながらよく話をします。

不思議と散歩していると、普段家で話すこととは別の話題が出てきます。

目に入る家並から、人の様子から、また流れる風に季節を感じながら思いつくままに話をします。

楽しい散歩をするポイントはただ1つ。決して喧嘩しなこと。

その為、私は妻が話したことは否定しないことと決めています。


昨日の散歩では妻がなんとなく思い描いている楽しい話しを聞きました。

その描いている思いはなかなかいいものです。


そんな話も散歩しながらだから出てくるのでしょうか。

健康のために始めた散歩は身体のためばかりでなく、心の健康のためにもなっています。

この年になって改めて2人でいることのありがたさを感じています。


今日は取り留めのない話しでした。

銀行の使命

最近街を歩いて気付くのはティッシュ配りをする人が極端に少なくなっていることです。

いつもは秋冬は風邪のシーズンと重なるのでポケットティッシュは助かります。

ティッシュ配りが少なくなったのは消費者金融会社の配布が減ったためでしょう。

一時、消費者金融会社は飛ぶ鳥を落とすような勢いがあり、業績を拡大していました。


私がまだ銀行員だった頃、消費者金融はサラ金と言われていました。

そして同じお金を貸すとしても銀行はサラ金と明確に線引きをして、独善的に区別していました。

しかし、消費者に近い立場で融資をするという点ではサラ金の方が優れていました。


昔の銀行は消費者に対して融資をするとすれば、住宅ローンや自動車ローン、割賦販売の手形発行位のものでした。

消費者に身近なことからサラ金の方が広まっていきましたが、同時に高金利や過剰な返済取立で社会問題になりました。

その頃でしょうか、サラ金が個人相手で利益を出しているのを見て、銀行もやっと個人融資を本格的に始めました。

銀行では一般企業への融資が減る中、新しい収入源として個人融資にも力を入れるようになり、そして最近はサラ金と言われた消費者金融会社を系列傘下に置くようになりました。


そのような変遷の中、銀行が本来持っていた使命感が薄れているように私は思います。

以前、銀行は会社・経営者をに対して、金融支援や経営指導と共に精神的なフォローをしていました。

たとえ今お金が無くても、銀行の支店長はその経営者の人格や志に期待をし、色々な形でフォローしていました。

経営の仕方が悪ければ親身になって相談にのりました。

しかし、バブルが弾けて、銀行の経営そのモノが危なくなった頃から、銀行は自分のことだけを第一に考える様になりました。

「貸しはがし」等が行われる頃になってから、銀行には使命感が無くなりました。

もしかしたら、今、銀行は既に銀行ではなくなり、サラ金と言われた昔の大きな消費者金融会社に変わっているのかとさえ思えるほどです。


現在のように先行き不安が広がる中、起業に挑戦しようとする人は少なくなっています。

それでも起業に挑戦する人はいます。

今大切なのは起業しようとするその志を抱く人を支援することです。

長く支援し続けることが出来るのは銀行だと思っています。

北海道や札幌市などの公的機関は起業するまでは支援しますが、起業してしまえばそれまでというところがほとんどです。

起業に必要なお金を貸し、その後利益の出る会社にするために具体的な支援をすることが出来るのは銀行が最適です。


人を育て、会社を発展させるという使命感を銀行が持ってくれれば、新しく成功する多くの起業家が生まれると思います。

マヤ暦

昨日知人たちとランチを食べました。

色々な話の中で「マヤ暦」のことが話題になりました。

マヤ暦では周期的に世の中は変わり、2012年の12月21日に人類は滅亡するという予言です。

ホゼ・アグエイアスという人の著書『マヤンファクター』によって2012年12月21日に「新しい太陽の時代」が始まるとされたことで広まったらしいです。

昨日の話題では人類が滅亡するというより「大変革が起こるのではないか」という話になりました。

今年になり世界中で地震や天候による大災害が起き、中東で起きたジャスミン革命から始まった政治変革があり、経済もヨーロッパ、アメリカでのでフォルテの恐れがあり、経済の大変革が起こる様相です。

中国でも「いつ」「何が」起こるか分からない状態です。

政治では世界中の多くの圧政政府が倒されています。

経済も資本主義そのモノの弊害に苦しんでいます。

今年中にギリシャでフォルテが起き経済の変革が始まるかもしれません。

この変革の時期とマヤ暦の「新しい太陽の時代」が重なれば、「なるほど」と言うことになります。

このマヤ暦についてある人の解釈では2012年12月21日でなく、今年の10月28日だという人もいます。


このマヤ暦の話を聞くと1999年ノストラダムスの予言を思い出す人もいるでしょう。

何も起きませんでした。

ですから今回のマヤ暦も天変地異が起こらないと思います。

でも、今、何か世界中で新しい変革が起きつつあるだろうという予感はします。

私はそれも良い方向へ向かうことになると思っています。

一時的に今までの「考え方」や「やり方」と違うことになるかもしれません。

資本主義そのものが否定され、別の考えが生まれてくることになるかもしれません。

それは共産主義、社会主義、資本主義等の政治的なものでなく、生き方の問題になるのではないかというものです。


このようなことを気心が知った者同士で好きなように話してきました。

結構当たっていると思っています。

見える化

昨日のニュースと言えば小沢一郎氏の裁判がありますが、やはりアップルのスティーブ・ジョブ氏が亡くなったことでしょう。

私のパソコンはwindowsですが、昔からアップル社のパソコンへの憧れはありました。

操作が慣れているwindowsから離れないまま来てしまいました。

アップルのパソコンに憧れてた要因はそのデザイン性です。

そのデザインを創り出したのはスティーブ・ジョブ氏です。

ジョブ氏は優れた経営者ですがそれよりデザイナーとしての凄さでしょうか。

デザインでも「明確なビジョン」があり、それに沿わないものに対しては完全に拒絶し、理想を追い続けたと聞きます。

ジョブ氏が目指すのは「宇宙に衝撃を与えるほどのもの」を作ろうとしていたそうです。

やはりスケールの大きさは人と違います。


成功する起業家はジョブ氏程ではないにしても「明確なビジョン」を持つ人が多いです。

「明確なビジョン」は「見えるか化」されるまで具象化しなければなりません。

「見える化」されたビジョンは人にも容易にプレゼンテーションが出来ます。


「見える化」されるようになったら、それを寝る前に布団の中であたかもその情景が達成したかのように思い描きながら寝ると、不思議とそのようになるものです。

それは潜在意識の中で、心も体も達成したかのような錯覚が起き、それが実現化の原動力になっているように私は理解しています。


また、その「見える化」されるビジョンなり構想は、今の自分に「分相応か?」を自動的に自己チェックしているようです。

例えば今年収300万円の人が、1年後1億円にするんだと思っても、心のどこかで、「そんなバカなことはないな」と思っています。

そのように自分が信じられない様なビジョンや思いは「見える化」しません。


スティーブ・ジョブ氏はiphoneを世に出しましたが、以前から彼のビジョンの中にはポケットに入るコンピューターとしてiphoneが「見える化」されていたのかもしれませんね。

やはり凄い人です

クマ出没

今朝テレビをつけると札幌市内にクマが出没しているとの報道です。

それも朝の3時頃北海道神宮の鳥居を横切って行ったとの警察官の目撃情報があります。

この地域は札幌でも高級住宅地です。

最近藻岩山にクマが出没したとの情報がありましたので、そのクマなのかもしれません。

北海道のクマは羆(ひぐま)で本州の月輪熊とは大きさも凶暴さも違います。


クマと言えば私が独身時代帯広に勤務したいた時、山が好きで土曜日半ドンの時はその夜から近くの山に入り、山小屋に1泊して朝、登ります。

ほとんどが単独行でした。

夜、山の麓の駅に着き、タクシーで山の近くまで行きます。

1人で山に登るので、一番怖いのはクマです。

タクシーの運転手に「最近クマの情報ありますか?」と聞くと「最近は聞かないけれど、クマにも足があるからな...」と言ったのは忘れられません。

なので今回のクマ出没の話を聞いて改めて、「クマにも足がるから」と当り前だけれど納得しました。

最近クマが民家の近くに出没するという報道が多いです。

私の家内はそれを聞くたびに「可哀そう」と言います。

自然の中で暮していればいいのが、山に餌が無くなり餌を求めて降りてくるのです。

昔はクマと人間はそれぞれが住み分けしていました。

近年になり、山の木々の手入れがなされず、山が荒れ、木の実も少なくなっています。

その上、人間がクマの餌のキノコや山菜を採りに山に入ります。

山登りやハイキングで山に入って、ごみを持ち帰らないとクマはそのゴミをあさり、それで美味しさを知ります。

元々クマは憶病なもので、人間に近づかないかったのが、ゴミで美味しさを知ったクマは人間に近づいてくるようになりました。

クマ除けの鈴を鳴らすとクマは逃げるはずのが、逆に近づいてくると聞きます。

餌を求めてです。

クマにとって「人間=美味しいものがある」となります

クマ出没の原因のほとんどは人間にあります。

それでも迷い込んだクマはやはり射殺されるのでしょうか。

なお可哀そうになってしまいます。

過去北海道は開発・開拓という名のもとに自然破壊してきました。


今朝は色々考えさせられる朝でした。

質の高さ

2010年にチュニジアで大規模な反政府運動が始まりました。

ジャスミン革命と言われています。

それを契機に世界中で反政府運動が広がっています。

当初は弾圧をうけた国民の抗議行動で、非民主国家で起きているものと捉えられていました。

しかし先週からアメリカでもウォール街占拠等のデモが始まり、全米に広がっています。

このデモの相手は国民の1%の超富裕層で、「自分達は99%」というスローガンを掲げています。


あるホームページでは次のような数字が紹介されていました。

トップ1%のアメリカ人が国富の40%を所有している。
トップ1%のアメリカ人が年間国民総所得の24%を得ている。
トップ1%のアメリカ人が国内の株式、債券、投資信託の半分を所有している。

格差は日本の比ではありません。

またマイケル・サンデル教授の「これから正義の話をしよう」ではアメリカ大企業のCEOの平均報酬と労働者平均報酬の差は1980年で42倍であったのが、2007年には344倍になっていると紹介されています。

また、その本にはアメリカ、ヨーロッパ、日本の一流企業のCEOの年間平均の報酬も紹介されています。

アメリカは1330万ドル。それはヨーロッパの660万ドルの約2倍、日本の150万ドルの9倍です。


現在行われているアメリカのデモの大きな要求は雇用です。

9%を超す失業率。日本は4%台で、その2倍です。

各報道ではこれから世界の経済情勢は、益々厳しくなっていく可能性があります。

日本も同様に経済がより悪くなり、失業率も高くなる可能性があります。


8月に私の運営するレンタルオフィスから退室された人が、昨日訪ねて来てくれました。

彼は起業し頑張っていましたが上手くいかず、いったん断念して就職先を探していました。

昨日は就職が決まりその報告に来てくれたのです。

就職先は2件ほどありましたがその1件に決まりました。


就職難で心配していたのですが、短期間に良く見つけたものだと感心しました。

やはり彼には採用されるだけの「人として質の高さ」があったように思います。

概して起業を志す人は志の高さがあります。

会社を経営していく中で苦労も勉強もします。

それにより人の質も高まっていきます。

起業して苦労したことは決して無駄ではないのです。

彼は就職しましたがまだ起業の志は持っているようです。

起業の時はまた私のレンタルオフィスに入ってくれると言ってくれます。

私も出来るだけの応援をし、また入居するのを待ちたいと思います。

不渡手形

知人のHさんは毎月「さんかく通信」という手書きの便りをFAXで送ってくれます。

経理の仕事をしている彼女は、その仕事に関した出来事の紹介や考え方を書いてくれます。

今回で73号となっていますので6年以上続いています。

私は毎月この「さんかく通信」を楽しみにしています。

今回の通信の最初に「銀行取引停止猶予処分」のことが紹介されていました。


手形などが資金不足で期日に引き落としされない時は不渡りとされ、それが半年に2回あると「銀行取引停止処分」になります。

今回は東日本大震災で被害を受けた会社の救済目的で、従来の様な不渡手形としてでなく、「東日本大震災の災害による資金不足」として手形取立者に返却されるそうです。

対象は岩手・宮城・福島の3県の被害を受けた会社です。

普通は1度不渡りになった手形は再度銀行に取立依頼できないのですが、この場合は支払する会社の資金の目途が立てば再び取立決済が出来ます。

ですから2度不渡りを出しても銀行取引にはなりません。

この処置により被害を受けた会社は助かります。

震災の被害を受けた会社にとっては朗報です。


しかし問題なのは、その手形が引き落としになる事を見越して資金繰りしていた取引先の会社です。

その会社には特別に救済があるわけではなく、自助努力しかありません。

もしかするとその会社が不渡りを起こし、倒産するかもしれません。

勿論、「東日本大震災の災害による資金不足」理由の不渡手形になっても債務・債権関係は変わりません。

ですから債権者から債務者へ直接請求は出来ます。


手形取引のルールが変更されるということは大変なことです。

昔から手形という制度があり、そのルールは厳然と守られてきました。

その厳然と守られるという事実に基づいて信用が生まれ、商売が成り立って来ました。

しかし今回の様な処置がなされると、ルールに従い仕事をしてきた会社が、自己責任が及ばないところで倒産するなど納得出来ないでしょう。

そのような「東日本大震災の災害による資金不足」による不渡りとして手形が返された会社に対して、ルール変更を決めた銀行協会が各銀行に対して、特別融資をするなどの処置はあるのでしょうか。


大きな仕組みの中で成り立っていた世界が、何かの都合でルール変更が起きると、それが些細と思われたことでも大きな影響を及ぼすことになるということを今回の不渡り猶予問題で考えさせられました。

ノーベル賞

今週はノーベル賞週間だそうです。

この時期になると、7年前に北欧旅行した時、訪れたストックホルム市庁舎を思い出します。

そこはノーベル賞の受賞会場です。


新聞には今年のノーベル賞生理学・医学賞の最有力候補はips細胞を作製した山中伸弥京都大学教授だと報じられています。

また同時に、物理学賞の候補として青色発光ダイオード開発で知られる、カルフォニア大学の中村修二教授も上げられています。

2人とも今までのノーベル賞受賞者と比べて格段に若いです。

山中教授は49歳、中村教授は57歳です。

山中教授がips細胞を作製したのが2006年45歳の時です。

また中村教授が青色発光ダイオードを開発したのが1993年40歳の時です。

大学を卒業したのが22歳であれば、社会に出てから20年から25年でノーベル賞級の発明をしたのです。

私にとってみればその時間の短さは驚異的です。

勿論時間をかければ生まれるものでもありませんが。


山中教授のIPS細胞は病気を根本的に直す期待があり、中村教授の青色発光ダイオードのおかげでLEDが私たちの生活の分野で当り前に使われています。

2人の発明で私たちの生活が大きく変化しています。


山中教授と中村教授は傍目からの感想ですが、正反対のような性格に思えます。

山中教授は一時ウツやノイローゼになったといわれるくらい繊細な人。

中村教授は発明に対する不当評価に対して会社や、司法とも闘い続けてきた人。

性格は正反対ですが、どちらも「成功する人生の方程式」の通りに生きています。


人生の成功=考え方×熱意×才能

人類の為という高い志、誰にも負けない熱い思いを抱き、天才と言われる才能を生かし切ったその評価がノーベル賞候補者として認められたのでしょう。

お二人と同じように頑張っている若い発明者が日本にまだまだ多くいるのだろうと思います。

頼もしい限りです。

ノーベル 


真直ぐに

昨夜NHKで「神様の女房」が放映されました。

来週・再来週と3週続く予定です。

この番組は松下幸之助さんの奥さんのむめのさんを主人公にしています。

1週間ほど前に同名の本を買い読もうとしているうちにテレビの方が先になってしまいました。


この本は高橋誠之助さんという人が書きました。

高橋さんは松下家の執事として20年間職務についていて、幸之助さん、むめのさんの臨終にも立ち会ったそうです。

常に幸之助さん夫婦の傍にいて、見て聞いた「人間松下幸之助」が書かれているそうです。

テレビを見てからゆっくり本を読んでみようと思っています。


昨日のテレビの中で幸之助さんのお姉さんが幸之助さんの性格を語る場面がありました。

壁にかかっている絵でも机の上にある書類でもまっすぐでなければ気が済まない性格と言っています。

キチンとした性格、曲がったことが嫌いな性格を表しています。

このようなキチンとした性格は京セラの稲盛和夫さん、日本電産の永守重信さんも同じようなことを言っています。

皆さんは仕事で大事なのは整理・整頓・清掃・清潔と言い、永守さんは作法・躾も入れ6つの「S」を経営の基本にしています。


私が新入社員で銀行に入った時、その支店長も銀行のロビーに飾られている絵が少しでも曲がっているとすぐ直します。

そして行員全員に「なぜ絵が曲がっていることが気付かないのか」と叱ります。

気配りが足りないことを叱るのです。

若い頃の私は整理整頓が苦手で、支店長から直接注意されたことがあります。

その時に「山地君、若い内から整理整頓に気を付けなければダメだ!年をとるとめんどくさくなりがちだから、もっと酷くなるぞ!」と言われたことを覚えています。

それから意識して気を付けるようにしています。

他から見れば不十分でしょうが、少しは良くなった方だと思っています。


身の回りを整理整頓する5Sや6Sはシンプルライフと繋がっているのでしょう。

身の丈創職

昨日ある学校でお話しをして来ました。

出席した人達は20代から50代くらいまでの人達でした。

今回は再就職支援事業の一環の様です。


何回か講演の経験をすると、前に立ち、話しているうちに出席した人達の意気込みが分かるものです。

聞き耳を立て真剣に聞く人と、いやいや出席している人、さまざまいます。

今回は真剣に聞いてくれる人が多く、私も熱くなって話をしてしまいました。


今回話をしたのは「身の丈創職」というテーマでした。

私は別に「身の丈起業」という講座も開いています。

創職も起業に近いものがあります。


「創職」とは就職しても、その仕事が自分の「天職」とは思えなく、一念発起して自分の仕事を新しく作り出すことです。

作り出すことは起業に似ています。

それまでの仕事の経験を応用し、極端に言えばこれまでの日本にはないような新しい仕事を生み出すこと。

そして自分で肩書を創り出します。

経営コンサルタントの経験を生かし「キャリア& マネーアドバイザー」

インターネット関係では「ウェブプロデューサー」や「アプリケーション・ソムリエ」

精神科の医者と連携してアロマオイルを用いてマッサージをする「メディカルアロマテラピスト」等があります。


それ以外に私が提案したのは、既にあるのかもしれませんが次のようなのもです

・マンションのベランダ専門の「ベランダガーディナー」

・親子の相性を専門に見る「教育運命鑑定士」

・儲かる会社・オフィス作りを目指す「オフィス専門風水師」

・思い出の家具をよみがえらせる「家具のお医者さん」

・パソコンや情報が苦手なシニア向けの「シニア専門旅行アドバイザー」

・家でパソコンを作ったら叱られるお父さん向けのプラモデル製作ルームを作り、その運営をする「プラモデル・アドバイザー」等があります。


このような肩書は付けた者勝ちです。

早く肩書きの付いた名刺を作り、人に配り、マスコミの記者クラブで配布すれば、ニッチな世界の専門家としてテレビ局から声がかかるかもしれません。

このように書いてみますと創職と言ってもやはり自分で仕事をするわけですから、身の丈起業に近いものがあります。

これからは「身の丈起業講座」の対象を創職を目指す人にも広げていく方が現実的かと思っています。


講話後に今回出席した人から建設的な質問も多く、話をした者として満足しています。

3人ほどの人からから私の事務所を訪問したいとの申し出がありました。

喜んでお迎えします。

今回も良き出会いがありました。


定点観測地点

2日前にMiceの「企業セミナ」に参加した時のことを書きました。

その時は「北海道遺産」について書きました。

同じセミナーの中で、別の講師からもいい話がありましたので紹介したいと思います。

その講師は道内大学の准教授です。

仕事で中国や韓国に行くことが多く、中国には年に2回程行って、行くと必ず立ち寄るところがあるそうです。

それは本屋です。行くその本屋は同じところに決めています。

1週間ほど前に中国から戻り、その時に感じたことを話してくれました。


准教授は観光に関して研究をしており、本屋では中国の観光雑誌なども買ってきます。

震災前に行った時、観光に関する雑誌や本はほとんどが日本の観光地を紹介するモノが中心で、北海道も注目されていました。

しかし今回行って驚いたのは、日本に関する観光の本は1冊しかなく、ほとんどはアメリカ・カナダ観光に関する雑誌や本に変わっていたのです。

今、中国人の海外観光の目は既に日本からアメリカ・カナダ・ヨーロッパに向いていています。

もしかしたら、震災が落ち着いたら日本に観光客が戻ってくるだろうという期待も叶わないかもしれません。

この状況は生の情報です。

いずれ新聞やテレビでも取り上げられるかもしれませんが、生の情報が早く入手できるということは重要です。

早めに対応が出来、現実的対処が出来ます。


情報を手に来入れるには現地に行き、人に会うことは大事です。

それと同時に自分だけの情報を得る場所が必要です。

それは自分で決めた「定点観測地点」を作ることです。

今回のセミナーで情報を話してくれました洵教授も、本屋という自分の「定点観測地点」を持っていました。

そこで売られている雑誌や本の変化で、日本への観光客が減少するだろうという予想を立てたのです。


昔ある雑誌の編集長もテレビで「定点観測地点」を持っていますと話していました。

自社の週刊誌が発売される時は、繁華街のある売店の前に半日ほど立っていて、売れ行きを見ていたそうです。

週刊誌の発売数などは後で集計されることですが、それは何日も後です。

遅い情報は役に立ちません。

自分で発売日に「定点観測地点」で確認した状況と、後で発表される売上状況とは変わらなかったそうです。

生の情報をいち早く得て、次号の記事構築に生かしたそうです。

最近札幌市内で通行量調査がされていますが、これも定点観測でしょう。


このように定点観測について書いていますが、現在の私は「定点観測地点」を持っていません。

せいぜい地下鉄に乗る度に、広告ポスタ―の枚数増減や、その業種を注意して見ている位です。

私も改めて自分なりの「定点観測地点」を作りたいと思っています。

3割バッター

今朝の日経新聞の「春秋」に将棋の羽生さんと大リーグのイチロー選手のことが書かれています。

羽生さんの王座戦連覇が19で終わり、イチロー選手の200本安打記録が10で切れてしまいます。

それに対して「記録はいつか途切れる。途切れてこそ二人の輝きが増す」と1ファンとして筆者は結んでいます。

私もこの2人には、常に挑戦するストイックな生き方に憧れみたいなものを抱いています。


この「春秋」の中に長嶋茂雄さんの言葉も紹介されていました。

3割バッターを評して「だいたい世の中で7割ミスをして、3割だけうまくいゆけば評価されるなんて商売は他にありますか?」と言っています。

私も最初は「なるほど」と思ったのですが、でもそうではありません。


一般の人は、ひとはうまくいっている会社や人を外から見て、常勝を羨ましがります。

でも実際は違います。

一見成功し続けているように見える会社や人も、その陰では7割以上の失敗を繰り返した上の成功なのです。

会社等は時として1割の成功率ということもあります。

発明王エジソンが電球を発明するまで1万回の失敗があったと聞きます。

失敗したところを表に見せなだけです。


野球のバッターも7割の失敗があって生まれる3割です。

その上野球の場合年間144試合ズーと挑戦し続けています。

また、試合以外でも個人トレーニングを重ねた上での3割です。


どのような世界でも100%うまくいくことはありません。

失敗を繰り返して、挫折を乗り越えて1~3割の成功を手に入れます。

またそれは1度きりではなく、その成功を積み重ねるのです。


ある程度の年齢になった時、自分の人生を振り返って見て、「一生懸命やってきたな。私は運が良かったな」と思うのです。

最近の若い人と話すと、運をつかむことばかりに気がいっているようで、本来自分のするべきことを一生懸命しているのかと疑問に思うことがあります。

一生懸命していれば運は後からついてきます。それは真実です。

それを早く知った人が成功すると私は信じています。

北海道遺産

昨日はMiceアカデミーの「企業セミナー」に出席して来ました。

ところで皆さんはMiceをご存知でしょうか?

正直言って私はよく分からず参加しました。

Miceとは企業等の会議(Meeting)、企業等が行うインセンティブ旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、イベント、展示会・見本市(Event/Exhibition) のことで、Miceはその頭文字からきています。

多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどを取り込もうとする活動です。

ホテルや商業施設等の観光関連企業が中心となって啓蒙・教育の活動を進めています。


今回の「企業セミナ―」は「プロフェショナルなホスピタリティを提供するための知識や心構えを北海道ならではの『食のもてなし』も検証しながら学習する」とありましたので、Miceのことをよく分からず参加申し込みをしてしまいました。

セミナー時間は9:30から16:30までの長丁場。

最近はこのように長い時間セミナーを受けていないので眠たくなるかと心配しましたが、なんとか大丈夫でした。

ただ参加者は20歳代の若い人達が中心でしたので、チョット場違いな感じがしました。

セミナーは昨日と来週火曜日の2回あります。

講師の中には知人の社長や高校の同級生がいたり、お互いに気を使うところがあり、別の刺激を受けました。


昨日のセミナーは4講座でした。

その中で「まちづくり事業」を主に活動している知人社長の話が特に興味がを持ち聞きました。

話の中で、「まちづくり事業」を行う時そのアプローチの手法を説明してくれました

その順番は「まちの魅力や資源を掘り起こす」⇒「まちの価値をみんなで守り育てる」⇒「まちの魅力や価値を広く発信する」⇒「まち作りからビジネスを起こす」となっています。

「まちづくり事業」の1つは、その社長も中心となって進めている「北海道遺産運動」です。

「北海道遺産運動」とは次世代に残したい北海道の宝物を掘り起こし、地域で守り育て、活用していき、その中から新しい魅力を持った北海道を創造する道民運動です。

今登録されているのは「自然遺産」「歴史遺産」「文化遺産」「開拓遺産」「産業遺産」「食文化」に分類され、合わせて52項目があります。

遺産と言うと「世界遺産」が有名ですが、「北海道遺産」は1997年から構想が始まり、2001年に正式に設立されました。


私もこの「北海道遺産」の話を聞いて、自分が住んでいる場所にも、気付かないだけで素晴らしいものがあるのかもしれないと「自分遺産」を思い浮かべてみました。

自分が大切にしたく、自慢に思うものを再確認してみたのです

小学生の時、遊んだ発寒川や琴似神社、昔ながらの細い路地等を上げてみました。

でも本当に「自分遺産」にしたいモノはもう無くなっていました。

私が卒業した小学校・中学校・高校の校舎既に建て替えられ、住み慣れた実家も既になく、夕日が映えていたサイロとポプラ並木も無くなりました。

改めて月日が経ったことを認識するとともに、経済成長の中、世の中の急激な変化の中で環境が激変し、大切なものが失われてしまったことを再認識しました。

2度と手に入らない大切なモノは「守る」という意識がが無ければ守れないのです。

「北海道遺産」に選定された遺産も、「守る」運動が生まれたことによって将来も守られるでしょう。

何もしなければ、きっと消えていってしまいます。


現在の遺産を次世代に引き継ぐのは「大人」に課せられた責任なのですね。

挑戦

今月の初め頃、雑誌「致知」の広告が日経新聞に掲載されました。

読まれた方もいると思いますが、とてもいい文章でしたので、それを切り抜き、私の[銘肝録]に貼っています。

今日はそれを紹介したいと思います。


生涯を小中学生の教育に捧げた東井義雄先生からうかがった話として書かれています。

「ある高校で夏休みに水泳大会が開かれた。

種目にクラス対抗リレーがあり、各クラスから選ばれた代表が出場した。

その中に小児マヒで足が不自由なA子さんの姿があった。

からかい半分で選ばれたのである。

だが、A子さんはクラス代表の役を降りず、水泳大会に出場し、懸命に自分のコースを泳いだ。

その泳ぎ方がぎこちないと、プールサイドの生徒たちは笑い、ヤジった。

その時、背広姿のままプールに飛び込んだ人がいた。

校長先生である。

校長先生は懸命に泳ぐA子さんのそばで『頑張れ』『頑張れ』と声援を送った。

その姿にいつしか、生徒たちも粛然(しゅくぜん)となった。」


私はこの文章を読むたびに少し涙ぐんでしまいます。


「イジメは良くない」と叱るのでなく、校長先生が自ら背広のまま飛び込み励まします。

A子さんに手を貸さず、「頑張れ」「頑張れ」と励ます姿に感動します。

また、それより「イジメかもしれない」と分かっていても、逃げることなくリレーに参加するA子さんの心意気の素晴らしさ、そしてそれを支えている親・家族の姿が浮かんでくるようです。


精神的にも肉体的にもハンディーを負った人達を差別することは人間として、してはいけないことです。

それを分かった上で、A子さんのような人を育てることも大事かと思います。

ハンディーを追った人は自他「障害者」との認識を持っています。

優しくすることも、されることも当り前と思っている部分があります。

でも優しさは時としてその人の力も殺いでしまいます。

人の可能性はハンディを乗り越えたところにあります。

それを思い知らされたのが韓国で行われた世界陸上「男子400」です。

それに出場した両足義足のランナー、オスカー・ピストリウスさんです。

パラリンピックのような障害者だけの競技会でなく、世界一を競う世界大会に挑戦して立派な成績を残せたことが素晴らしいことです。

両足義足のランナー、オスカー・ピストリウスさんが世界陸上に出場すると知った時は驚きでした。

でも、障害者でも健常者と対等に戦えることを証明しました。

彼の挑戦が、それに倣う多くの障害者アスリートを生んで行くのでないかと期待しています。



経験則を重視する

今回は「京セラフィロシフィ」勉強会最後の項目「経験則を重視する」です。

これについて稲盛さんは次のように書いています。

「企業での技術開発やものづくりには経験則が不可欠です。理論だけではものはできません。

たとえばセラミックスの場合、原料である粉体を混ぜて成型し、高温で焼けば出来あがるということは、勉強さえすれば誰でも理解できます。

ところが、粉体を混ぜるということがどういうことなのかは、実際に自分で手を染めて苦労してやってみないと決して分かりません。

液体や気体なら完全な混合が出来ますが、粉体はどこまで混ぜたら混ざったと言えるのか、それは経験則でしか分からない世界です。

この経験則と理論がかみ合って初めて、すばらしい技術開発やものづくりが出来るのです。」



この「経験則を重視する」は前項の「現場主義に徹する」とつながっています。

私は「経験」というと職人の世界を思い浮かべます。

学校も満足に出なかった人が、職人の世界に入り、下働きから始まり、叱られ、怒鳴られ、時には叩かれながら身体で基礎を覚え、仕事の技を盗むよう習得していきました。

それは理屈なしで会得していく姿です。

身体に染み付いた経験を通して、その世界の本質を知っていくのです。


一方、今は情報や知識を得ようとすればインターネットで簡単に手に入ります。

何かをするにしても、その作り方、使う道具も図解で紹介され、簡単なことは出来てしまいます。

この簡単に出来てしまうところが、落とし穴で、それで全てを知った気になってしまうことです。


また、自分は頭がいいと思ってる人は、動く前にどうしても物事を頭で考えます。

そしてそれを基準にして判断しようとしがちになります。

そこに経験で生きてきた人との対立が生まれます。


起業して会社運営をする時、往々にしてこのようなことにぶつかるケースがあります。

起業する人は得てして自分に自信があります。

自分の考えることだけが正しいと思いがちです

そのような経営者に必要なのは、「謙虚さ」です。

自分より経験のある人を素直に認める「素直さ」なのかもしれません。


稲盛さんが言うように「経験則と理論がかみ合った」状態にすることは、起業した会社が発展する大事な基本ポイントの1つです。

現場主義に徹する

今日は72項目の「現場主義に徹する」についてです。

稲盛さんは次のように言っています。

「ものづくりの原点は製造現場にあります。

営業の原点はお客様との接点にあります。

何か問題が発生した時、まず何よりもその現場に立ち戻ることが必要です。

現場を離れて机上でいくら理論や理屈をこねまわしてみても、決して問題解決にはなりません。

よく、『現場は宝の山』と言われますが、現場には問題を解くためのカギとなる生の情報が隠されています。

絶えず現場に足を運ぶことによって、問題解決の糸口はもとより、生産性や品質の向上、新規受注などにつながる思わぬヒントを見つけ出すことが出来るのです。

これは、製造や営業に限らず、すべての部門に当てはまることです。」



会社は優秀な人材を求めて人を採用します。

優秀な人は大学で勉強し、研究し、それを実際の仕事に生かそうとします。

ところがこのような人間が得てして陥りやすいのは、やり方さえ知っていれば簡単に出来る、と錯覚してしまうことです。

しかし実際にやってみると、うまくいかず、理論上出来ることでも実際はそうならないものです。

勉強して身に付けた知識と、現場で実際にやってみて得た経験の2つをあわせもって、初めて「できる」といえます。

知識が経験を経て知恵が生まれ、能力が高まるのです。


この事は従業員ばかりでなく経営者自身にもいえることです。

時として経営者が現場に入って、現状を把握し、問題点を見付けなければなりません。

稲盛さんも社長の時は、作業服を着て工場に入り作業状況を確認していました。

また必要であれば、工場内に社長の机があってもいいのではないでしょうか。

社長の現場主義の姿勢を見せることと、実際に現場に足を運ぶことが出来ることになります。


ソフトバンクの孫さんの言葉で「信じるな!疑うな!現場で確認せよ!」というのがあります。

その通りですね。

必要な時必要なだけ購入する

今日は「必要な時に必要なだけ購入する」について書きます。

これについて稲盛さんは次のように書いています

「物品や原材料を購入する場合、大量に買えば単価が下がるからと言って、安易に必要以上のものを買うべきではありません。

余計に買うことは無駄使いのもとになります。

たとえ一時的に大量に安く購入できたとしても、これによって在庫を保管するための倉庫が必要となったり、在庫金利が発生したりといった余分な経費がかかってきますし、さらには製品の仕様変更などの理由で、全く使えなくなってしまう危険性もあります。

やはりメーカーはメーカーに徹し、ものづくりそのもので利益を上げるということに専念するべきです。

必要な時に必要なだけ購入するという考え方が大切です。」



この事は以前の[健全資産の原則を貫く]でも述べたことですが、一見まとめ買いは安く上げるコツのように見えますがそうではありません。

大量に買って在庫が発生するとなれば、その為の倉庫が必要になります。

その上、決算ごとに棚卸をしなければならず、人件費もかかり、使う見込みのないモノは廃棄処分をしなければなりません。

結果として、最初は安く買ったように思うけれども後々目に見えないロスが出てきます。

京セラでは今でも、必要な時に必要なだけ購入する「当座買い」を実施しているそうです。


会社で利益が出ているように見えても、もしかしたらそれは在庫に化けているのかもしれません。

健全な経営をする為にも在庫を少なくする経営は重要です。


倹約を旨とする

今日は京セラフィロソフィの「倹約を旨とする」について書きます。

稲盛さんは次のように書いています。

「私たちは余裕が出来ると、ついつい『これくらいはいいだろう』とか、『なにもここまでケチケチしなくても』と言うように、経費に対しする感覚が甘くなりがちです。

そうなると、各部署で無駄な経費が膨らみ、会社全体では大きく利益を損なうことになります。

そしてひとたびこのような甘い感覚が身についてしまうと、状況が厳しくなったときに、改めて経費を締め直そうとしても、なかなか元に戻すことはできません。

ですから、私たちはどのような状態であれ、常に倹約を心がけなければなりません。

出ていく経費を最小限に抑えることは、私たちにできる最も身近な経営参加であると言えます。」



その後続けて書いています。

「人の考えは変わります。

ある時期には素晴らしい考え方を持って経営をし、その事業もうまくいき、人生も順調にいった。

けれど成功して環境が変わるにつれて、その人の考えも変わり、次第に堕落していく。そしてせっかく成功させた事業を失敗させ、会社を潰してしまう。

経営者が持つ考え方は変化します。それによって経営状態も変わっていくのです。」

稲盛さんはこのように書いた上で「現在は過去の結果、将来は今後の努力」と書いています。


また稲盛さんは自分のことについても書いています。

自分は貧乏性なのか贅沢はできないと言います。

昼食をとる時、吉野家の牛丼が好きで、よく運転手さんと行くそうです。

吉野家から名前入りの専用のどんぶりをもらっているくらいです。

最近の話ですが、稲盛さんは現在JALの会長として、月曜日~金曜日まで東京暮らしです。

滞在先はホテル。

ホテルにはレストランも沢山あるのですが、それよりコンビニ弁当も食べるそうです。

東京で盛和塾の会合があり、塾生がホテルまで送ろうとした時、彼らは稲盛さんが途中でコンビニに入り、弁当などを買っていくのを目撃しました。

塾生の中には寿司やレストランの社長もいて、夕食などの差し入れをしたいと申入れしたそうですが、それも断ったそうです。

稲盛さんほどになれば贅沢してもいいように思いますが、意識してそれを避けているようです。

稲盛さんは最後に「経営者は10年はおろか、20年も30年も40年も会社の繁栄を維持していかなければなりませんから、努力を延々と続け、その間わずかでも慢心することがあってはならないのです」と書いています。

以前ウォルマートに関する本を読んだ時も、ウォルマートの役員でさえ飛行機はエコノミー席、2人連れであればホテルはツインルームと規定で決められているそうです。

「倹約を旨とする」は如何にトップ経営者が実践しなければならないことかが良くわかります。

採算意識を高める

今日も昨日に引き続き「京セラフィロソフィ」について書きます。

69項目の「採算意識を高める」についてです。

稲盛さんは次のように書いています。

「京セラでは、アメーバ単位で[時間当たり採算制度]を実施し、職場での仕事の結果が誰にでもわかるようになっています。

社員1人1人が経営者の意識を持って、どうすれば自分達のアメーバの[時間当たり]を高めていけるかを真剣に考え、実践していかなければなりません。

常日頃、鉛筆1本やクリップ1つにいたるまで、ものを大切にしようと言っているのはこうした思いの表れです。

床にこぼれ落ちている原料や、職場の片隅に積み上げられている不良品が、まさにお金そのものに見えてくるところまで、私たちの採算意識を高めていかなければなりません。」



「採算意識」とは「原価意識」のことです。

「採算を合わせる」ということは即「利益を得る」という意味にとられがちですが、そうでななく、常に「原価を考える」ということであって、このことが採算を向上させる鍵になるのです。

大切なのは仕事をしていく中で、原価がどうなっているかを考えることで、それをせずに経営がうまくいくはずはないのです。

そのことを稲盛さんはレストランで食事した時を例にして説明しています。


「ホテルのレストラン食事をするとします。

レストランの中は閑散としていて、何人もウエイトレスやウエイターが手持無沙汰で立っています。

数少ないお客様が千円から千五百円位のを食べているようだと、頭の中ですぐ計算します。

従業員の人件費、レストランの売上を計算し、『これじゃ採算は合わないな』となります。

このように自分の仕事は勿論、色々な場面で一瞬一瞬で原価意識を持って物事を考えることが出来るか、それともただ漫然と見ているだけか、これによって経営は大きな違いが出て来ます」と言っています。


稲盛さんが書かれたような事は私も良くします。

居酒屋、ラーメン店、カレー店に入った時、そこの平均客単価と席数・回転率等を計算し、材料費、人件費、テナント料などを差し引いてどの程度利益があるかを大まかに計算します。

もしも採算が合わないとすれば、なぜ長年営業することが出来るのかを考えてしまいます。

もしかしたらアパートなどの別の収入源があるからなのか等とも想像します。


また、私がこの店を任せられたらどのようにして改善するかも考えます。

店構え、雰囲気、サービス、メニュー改良等によってどのように売上が伸びるか考えます。

好き勝手な考えが出来るので楽しいです。

料理が出てくるまで、このように考えるだけで頭の体操になり、経営のヒントを得ることが出来ます。

目標を周知徹底する

昨夜は毎月行われている「京セラフィロソフィ」勉強会の日でした。

今回は「目標を周知徹底する」「採算意識を高める」「倹約を旨とする」「必要な時に必要なだけ購入する」「現場主義に徹する」「経験則を重視する」の6項目を勉強しました。

今日は「目標を周知徹底する」について書きたいと思います。

稲盛さんはこれについて次のように言っています。

「目標を達成するためには、その目標が全員に周知徹底されていなければなりません。

つまり全員が目標を共有し、自分達のものになっていることが必要なのです。

営業部門でも製造部門でも、当月の[売上]や[総生産]、[差引売上]・[時当たり]などの数字が全員の頭にしっかりと入っていて、職場の誰に聞いても即座にその数字が口をついて出てこなければいけません。

京セラの[アメーバー経営]と[時間当たり採算制度]では、目標を全員に周知徹底し、共有化を図ることによって1人1人の参画意識が高められ、これが一丸となって目標達成に向かうエネルギーとなるのです。」



一般的に経営者は幹部社員に対しては自分の考えを話しますが、そうではなく全社員に対して語りかけることが必要なのです。

また、経営者は皆に目標を周知徹底させるばかりでなく、現状や結果も全て報告することが大切です。


時として、幹部社員にその部門の目標売上・利益高・利益率等を質問すると、少しお待ちくださいと言って、資料を見る者がいます。

論外です。

とっくに頭に入っていて、その部門の部下たちと数字を共有していなければならないのです。

そのような幹部は結構いると思います。


京セラの場合はアメーバー経営をしていますので、アメーバーのリーダは経営者意識を持たなければ務まりません。

その為、経営者意識が浸透し易いのだと思います

最終的には経営者も従業員も共同経営者的意識を持つことが大切です。


やはりそこには、経営者や従業員が共有できる会社の理念があれば可能になるのではないでしょうか。

宇宙船地球号

今朝は私の事務所で朝食会と称した勉強会がありました。

毎月第3火曜日、出勤前の7時30分から1時間ほど開きます。

今回は「宇宙船地球号は、今」という題名でのお話をしていただきました。

以下はその受け売りです・


「宇宙船地球号」という言葉は1951年頃にバックミンスター・フラーが用いた言葉で、「宇宙船地球号操縦マニュアル」という本を書きました。

この中では「宇宙船地球号はあまりにも見事にデザインされた発明」であり、「船内で生命を繰り返し再生出来るように、実に驚くべきデザインとなっている」等と地球をとらえています。

後にアメリカの経済学者のケネスEボールデンは「宇宙船地球号」は「無限の蓄えはどこにもなく、採掘するための場所も汚染するための場所も無い」と言っています。

即ち、再生出来るのではなく有限の存在だと言っているのです。


また、「エコロジカル・フットプリント」という言葉をご存じでしょうか?

ウィキペディアでは「エコロジカル・フットプリント」(ecological footprint:EF)とは、地球の環境容量をあらわしている指標で、人間活動が環境に与える負荷を、資源の再生産および廃棄物の浄化に必要な面積として示した数値です。

通常は、生活を維持するのに必要な一人当たりの陸地および水域の面積として示されます。

これは「宇宙船地球号」は有限のものであることが前提になっています。

日本人の現在の様な生活レベルを全世界の人が維持しようとすると、地球が2.4個必要であり、アメリカのレベルだと9.5個必要になるのです。

如何に地球に負荷を掛けない生活をしていかなければならないか。このままでは人類は滅亡してしまうという警告です。

「便利さ」を追求した結果です。


「不便」を知ること。「不便」を楽しむこと。そのような心構えがこれからは必要で、そのことを子供たちに教育していくことが大切ではないかと思います。

北海道はこれから冬を迎えます。

完璧な除雪、ロードヒーティングで雪を溶かし家の周りに雪が無くなるという快適さより、必要最低限の除雪、ロードヒーティングを使わず、出入りする道は狭くても生活することが出来ます。

また、北海道の車が全て4WDの車であれば、少しくらいのワダチ道でも楽に走れます。


福島の原発事故と今日の勉強会の話はつながります。

私たちは早急に自分達の生活を見直す必要があるのです。


優しさとは

昨日のブログで母のことを書きました。

母親はどの人にとっても優しい人です。

私の母も優しい人でした。

と言ってもいつも傍にいて、色々してくれるという人ではありません。

父が商売をし、兄弟4人の他に住み込みの若い人の食事の世話などをしていましたので、休む暇なく働いていました。

小学校の頃、学校帰りに雨が土砂降りになった時、多くの他の子は母親が迎えに来てくれましたが、私の母は1度も来てくれず、ずぶ濡れになって走って帰ったことがありました。

母は「迎えに行けずごめんね」と言ってくれました。

小学校の修学旅行の時、見送り・迎えに来てくれる他の親を見ながら、「僕にもお母さんも迎えに来てくれればいいのに」と思いました。

そんなことは叶わず、仕方が無いことと判っていましたから、それ以上の不満な気持ちは持ちませんでした。

母が優しい人だというのは判っていましたから。

「構ってくれなかった」ことが、今になってみれば良かったと思っています。


一方、今の親子関係を見てみると、優しさが溢れているように思います。

その上、過保護になり、子供の生きる力を削いでいるように見えます。


ある情報によると、現在日本の引き籠りの子供の数は百万人になるそうです。

その原因の多くは親の過保護によると言われています。

ある中学生の子供が女の子を好きになったのですが、フラれそれが原因で引き籠りになりました。

過保護のあまり、子供が転ばないように親が守り、転んでその起き上がることを教えてこなかったのです。

その為一度の挫折で心が折れました。


ある子は、ねだったモノを親が買ってくれなかったからといって自殺しました。

それまでは、欲しいと言えば何でも買ってくれたのに、急に買ってくれなくなり、それが自分への愛情が無くなったのだと錯覚したようです。

子供が小さい頃は少額のモノなので買えますが、子供が大きくなり欲しいモノの金額も高くなると、それをいつまでも続けることはできません。

それを愛情が無くなったと思ってしまったのです。


「優しさとは何か」を考えさせられます。

人は時として、受け止める相手のことでなく、自己満足で愛情や優しさを表現しているのではないでしょうか。

本当の愛情があれば特別に表現しなくても伝わるものです。

優しさも度が過ぎると悪になるのでしょう。

「小善は大悪に似たり」の言葉を思い返しています。

順番

今月13日から昨日までブログを止めていました。

13日の朝に母が亡くなり、なかなか書く気にもなりませんでした。

仮通夜を2夜し、昨日、告別式・忌中引も終わりました。

一段落した思いです。


昨年の11月に父が亡くなり、その一周忌が終わる前に母も旅立ったわけです。

寂しい思いはありますが、同時に私たち子供の役目を無事に果たしたという思いはあります。


昔、読んだ本の中に書かれていた良寛さんの話を思い出します。

ある時、良寛さんは婚礼に招待され、祝辞をお願いされました。

その時「爺・婆が死に、父・母が死に、子が死ぬ」と話したそうです。

出席者からは「婚礼の目出たい時に死ぬなどと言うことは不謹慎だ」と非難されました。

でもその真意は「人はいつかは死にます。爺・婆、父・母が死んで子が死ぬという順番が幸せ。それが逆になり、子が先に死ぬことは親にとって耐えれれない悲しみ。」と言うことです。


母もそれなりの葬儀をし、送り出して、その順番が守れたことに満足しています。

親が死んで満足していると言うと不謹慎かもしれませんが、そう思っています。


母は私たち夫婦と同居し、最後は家で看病されながら亡くなりました。

私たち夫婦、兄弟で相談し、母が死ぬ時は病院でなく、自宅で死なせたいという思いした。

往診の医者とも確認していました。

そして、最後は苦しまず、静かに息を引き取りました。


2人の親を送り出し、今は寂しいですが、新しい生活が始まります。

ここ2年程、ほとんど外出せず親の面倒を見てくれた妻に感謝し、これからは彼女を家から解放させて上げようと思っています。

妻は絵が好きです。結婚前は絵描き志望でした。

これからは自由に絵を描かせて上げます。

私が彼女のパトロンになります。

彼女が描く、明るくあたたかい絵が楽しみです。


意見を言う

人と議論をする時、皆さんは自分の意見を言う方ですか?それとも聞く方が多いですか?

これは人の性格にもよるのかもしれません。

一般的に人の意見を聞く耳を持つのがいいと言われることが多いです。

「人には口は1つ、耳は2つある」

だから人の話を聞くことが大切だというのを聞いたことがあります。

私も暫くは「そうだな」と思っていました。

でも最近疑問に思っています。


社長は社内会議ではあまり意見を言ってはいけません。

社員の意見を聞いて、最終判断をするのが社長であって、自分が喋っては社員の本当の意見が出てきません。

社長は聞く側に立たねばなりません。


しかし、社員等が1人の参加者という立場であれば違います。

「物分かりが良い」ような顔をして、意見を聞くだけでは参加する意味がありません。

また「おかしい」と思うことがあるのに、「この辺で意見を言うのはとどめておこう」と思うのもおかしいです。

それは「利己の心」があるからだと思うのです。

これ以上追及すると嫌われるからという気持ちは、相手に対する気配りのようですが、保身から出る態度です。

「嫌われたくない」「しつこいと思われる」等、自分が大事だから出てくるのです。

勿論、言い方も大切です。

反発されるような言い方で、喧嘩を売る人がいますが、それは自己顕示欲が強い人でそれもやはり利己です。

相手に分かってもらう言い方をして、自分の主張をはっきり述べることが大事です。


この「意見を言う」という話で思いだすのが、「葉隠」に書かれた話です。

会議の場でその間違いを指摘できなかったけれど、会議の後、如何に相手にその間違いを判ってもらおうという状況が書かれています。


「葉隠」は江戸時代の武士社会における心得を書いたものです。

以前にもにもご紹介したかもしれませんが、そこには「人に意見を言う時は相手が聞いてくれるよう工夫をするべきである」と書いてあります。

例えば帰り道に待ち伏せをして、その人が来たら偶然に会ったそぶりをし、一緒に帰る道すがら「そう言えば、先ほどのの〇〇は△△した方がいいと思うよ」とそれとなく自分の意見を言うのです。

相手が素直になっている時に言うことで、聞いてくれることがあると言うのです。


本当に相手のことを考える「利他の心」があれば相手も判ってくれます。

人に意見を言うこと1つとっても、昔から苦労しているのですね。

決断力

ある本の中に「逡巡(しゅんじゅん)は惑(まど)いを生み、惑いは恐怖を呼ぶ。」と書いてありました。

決断出来ないでいると、迷って、それが恐怖につながり、結局何も出来ないでいる状態のことです。


人が何かを決断する時、常に「どうしようか」と考えます。

特に自分の人生が変わるかもしれない時はそうです。

一歩を踏み出す勇気はそう簡単ではありません。

でも、必要な時必要な決断をすることが出来なければ、後で後悔します。

ですから誰であれ、決断をしなければならないのです。

もしかしたら、生きていくことさえ出来ないかもしれないのです。


それでは決断する勇気はどうしたら出来るのでしょか

それを作るいい方法があります。

身近のたわいもないことで訓練するのです。


たとえばレストランに入った時、何を注文するかすぐ決める人と、いつまでも迷っている人がいます。

そういう時こそ訓練の時です。

料理選びのその決断で後悔することであっても大したことではありません。

決断する訓練なのです。

訓練としては「メニューを見たら10秒以内に決める」と自分で決めておくのです。

注文して、それが意に添わないものが来ても、後悔しないのです。

「決断して全てが上手くいくはずはない」ということもその訓練で勉強します。

決断するという行為そのものの訓練のためです。


それでも、決断できないのなら、「メニューの最初に出てくるものを注文する」と最初から決めておくのです。

そうすると、機械的に決断することが出来ます。


慣れないうちは「決断するぞ!」と意識します。

でも色々な場面で他愛もないことでも決断を訓練していくと、大切な決断も容易に出来るようになります。

決断出来ない理由は、後で後悔したくない、損をしたくない、という思いからです。

でもこの世の中は5分5分です。フィフテ・ィフィフティです。

そのことがわかりさえすれば、決断は怖くありません。

決断が思ったことと、たとえ違っても大したことはないのです。

今の日本では余程のことがなければ、間違えた決断で命が無くなるということはありません。


独立するか、起業するか等の決断する時などは、余程検討して調査しているわけですから、その成功率は5分5分以上に成功率は高いのです。

昔ある人から聞いた話です。

「出来ると信じて始めたことは6~7割は既に成功している」と言うのです。


疑心暗鬼と言う言葉があります。

疑いの心でいると暗闇に鬼がいると思ってしまう心の状態を言います。

それでは「信心来喜」はどうでしょう。

この言葉は私が勝手に作った言葉ですが「信ずる心で行えば、喜びがやってくる」と言う意味です。


この世の中は決断だらけです。

「私は決断力がないな」と思った人がいましたら、どうぞ今度レストランへ行った時、思い出してやってみてください。

いい訓練になりますよ。

読書

最近私は意識して本を読むようにしています。

年のせいにしたくはありませんが、年と共に読解力が落ち、その内に流し読みになり、簡単に頭に入りやすい本しか読まなくなりました。


10年ほど前まで東京にいた時は、仕事に関する本も電車の中で読み、トータルでは今の3倍は読んでいたように思います。

私は風呂の中でも1時間ほどは本を読みます。

以前は難しい本も風呂の中で読んでいましたが、今は小説ばかりです。

風呂の中では本が濡れると思われますがそんなことはありません。

本を持つ手が濡れなければ大丈夫です。


以前読んだ雑誌の中で、ある経営者が新しい事業を勉強する時は、それに関する本を5冊ほど買い、主に風呂の中で読破したと書いてあったのを覚えています。

その人は風呂の蓋をテーブル代わりにし、その上に本とか筆記具を置き読んだそうです。

汗がたっぷり出ますのでタオルと飲み水は必要です。

風呂の中の読書は他のことに気を取られることなく、読書に集中出来るからいいのです。

その経営者の話によると、新しいことを勉強しようとすれば、それに関する本を5冊も読めば大体分かるそうです。


最近の私は少し小難しい本を読むと、なかなか頭に入らず苦労しています。

そんな時に最近気付いたのは、要約を書き留めるという作業がいいということです。

これは風呂の中では出来ませんので机に向かってします。

本を読み大事なところをマーカーで印をつけ、2度目そこのところを意識だとしても、それほど頭に残りません。

ところが少し面倒ですが大事なところを書き留める作業をすると、自然と頭の中で前後の文脈をつなぎ合わせ、その意味するところを理解するようになります。


勿論、全ての読書にこの方法は必要ありません。

読み飛ばしてしまって、要点だけを捕まえてしまう本もあります。

どちらにしても本を読むという行為をしなくなると、益々読むのに苦労するというのが実感です。

読む習慣をつけることこそが大切だと最近痛感している次第です。

生甲斐ある経営

昨日は美味しいランチを食べてきました。

以前にも何回かご紹介しています、予約をしなければ、なかなか入れないお店です。

ご一緒したのはサッポロビール会の仲間です。

仲間と言っても、私より年配者です。

ビール会の中では62歳の私でも若い方です。

普段は私はお陰様で多くの会合に参加することが多いいのですが、その参加者のほとんどは若い人達が多く、私はどちらかというと年上です。

時として偉そうなことを話すことが多いのですが、ビール会のように、私より先輩の人達がいる場所ではお話を聞く側になります。

昨日も取り留めのない話しの中でも色々な人生の話を聞かせていただきました。


食事をした店は私がお連れしたところでしたが、お連れした2人はその料理内容に大変満足されたようです。

食事の内容は写真を見ていただければ分かるかと思いますが、見栄えも良く、美味しく、とても1000円とは思えない内容です。

調理人はその料理を提供するために、前日の夜に仕込みをし、ほとんどが手作りです。

出来あいのモノはほとんどありません。

ですから夜は営業していません。ランチだけのお店です。

予約客がメインですから、その分だけ作るので無駄がありません。

メニューも1種類のみ。

食後にコーヒーを頼むと、300円ですが、美味いコーヒーと共にフルーツのデザートが出ます。


この店は年配の男性が2人だけで運営しています。

経営的には沢山儲かっているとは言えません。

席数は15席ほどしかありませんので、ランチだけの1日の売上は15名~20名で2万円位です。

休みなく営業していますので、1カ月間30日でも最大60万円程の売上です。

材料費や家賃を考えればそれほど手元には残らないはずです。

それでも、それ以上手を広げず、今の形を続けていくようです。

手を抜かない料理を提供し、お客様が喜ぶのを生きがいにしているようです。

そして私のように感激したお客様が自分のブログやツイッタ―で紹介とか、口コミで広がります。

たとえ沢山儲けなくても、途切れずお客様が訪れ、喜び、それに生甲斐を感じることも素晴らしい経営だと思います。


昨日お連れした2人も早速お店の名刺を手にしましたので、近い内にどなたかと来店するでしょう。

益々込み合うお店になるのは良いのですが、予約しにくくなるのがちょっと心配です。

これで千円ですよ

フルーツデザート付コーヒー

金平糖入りの砂糖もいいですね

起きていることはすべて正しい

昨日のブログでは「運と愛嬌」について書きました。

この「運」とか「ツキ」とい言われて、人の反応は2つに分かれます。

「運」とか「ツキ」の話を聞いて、大きくうなずく人と「そんなの!」と思ってしまう人です。


まず、「そんなの!」と否定してしまう人は、頭のいい人、自信がある人に多いです。

自立心があるのですが、もう一つ素直でない人が多いようです。

自信があるから人の話を聞こうとしません。

そして大きな失敗、辛い思いをしたことの経験がない人です。

「俺だって辛かったことぐらいある」と言っても自分の持っている力で乗り越えられた人です。

それだけ実力がある人ではあります。


一方、大きくうなずき肯定する人は、辛い思いをした時、自分の力ではとても乗り越えられず、神様や仏様にお祈りしたり、周りの人に助けを求めた経験のある人です。

そして、その中から這い上がった時に、「ありがたい!」と思い、神様や仏様に感謝し、周りの人に「お陰様で助かりました」という謙虚な気持ちが生まれます。

その時に自分の力以外の何かの力で克服することが出来たという思いが生まれます。

先ほどの「運」や「ツキ」を否定する人には、周りの人に助けられたという感謝と、「おかげさまで」という謙虚な気持ちが無いのだと思います。

事業で大成功した経営者の話を聞くと、異口同音に「私の力ではありません。運が良かったからです。ツキもありました。そして皆さんのおかげです」と言います。

謙虚な気持ちだけで言っているかというと、そうではなく、本当にそう思っているようです。

本当は、その人にもそれなりの力があるのですが、山あり谷ありの事業をしてくる中、倒産寸前に行った経験の中から這い上がった時、「神の手」とか「サムシンググレイト」に助けられたと言います。

また、そのような人の心の状態は「起きていることはすべて正しい」という思いです。

この言葉は勝間和代さんの本の題名にもなっていますが、このように思える人が成功するのです。


昨日ある人から手紙をいただきました。

差出人は起業を志し、会社設立したばかりの女性です。

ところがこれからという時に、ビジネスパートナーとの意見の相違と離反、またご自分も大きな病気の疑いも見つかり、以前私のところに相談に来られた時、思わず泣き出したのです。

でも昨日の彼女からの手紙には、これから前向きに生活し、仕事の準備も進めていくと書いてありました。

その上、この一連の出来事が自分にとって何かを示唆しているのではないかと書いています。

このマイナスと思われることさえ、良くなる為に必要なことと思っているようです。

起きてしまった辛いことを悔やむのでなく、前向きに「起きていることはすべて正しい」と思える人は今まで以上に強くなれる人です。

私はこれからも彼女の起業を支援し、成功出来るようを一生懸命お手伝していきたいと思っています。

運と愛嬌

昨日テレビを見ていましたら、松下政経塾のことが特集として取り上げられていました。

松下政経塾はご存知の方も多いと思いますが、1979年に「新しい国家経営を推進していく指導者育成が、何としても必要である」との松下幸之助氏の思いによって設立されました。

日本の政財界に多く人材を輩出していて、今の野田総理もこの松下政経塾出身者です。

勿論、この松下政経塾に対する批判も多いです。

「政治家養成機関として、ほかにライバルがいないから目立っているだけ」とか「エリート意識が高くて一般人を理解しないタイプも多い」とか言う評論家もいます。

ただ、このテレビの特集を見ていると、現代の日本に若い人達を指導者として育成する機関が無い中、特異で興味ある教育機関だと思っています。


私は現在、京セラの稲盛和夫さんが主催する盛和塾に入塾したいますが、それは稲盛さんが経営者として、人として尊敬するからです。

稲盛さんを知る以前は、松下幸之助さん、そして土光敏夫さんを尊敬し、お二人に関する本は数多く読みました。

ですから松下政経塾が創立されたことは当時既に社会人になっていた私も知っていました。

その頃から興味を持っていました。


昨日のテレビの中で松下幸之助さんが入塾時に重視してい項目が紹介されていました。

それは「運と愛嬌」です。

野田総理も第一期生として入塾試験を受けました。

論文試験等の後、面接がありました。

幸之助さんの面接の時、「あんたには『運と愛嬌』がありそうだから選んだ」と言われたそうです。

同じ「運と愛嬌」があるという理由で入塾選考で選ばれた人は多かったようです。


テレビでその話を聞いて、以前に幸之助さんが言ったか書いたことで「人事面接では必ず運がいいかどうかを聞くようにしている」と言ったのを覚えています。

また、幸之助さんの言葉を纏めた「松下幸之助発言集」の8巻の題名は「強運無くして成なし」にも運のことが書かれています。

「一番偉いのは運の強い人だと思う。頭が良く金もあり、社交が上手であっても、突然ころっと死んでしまっては何もならない」と書いています。


「運」と「愛嬌」は人を成功に導いてくれる馬車の両輪みたいなものでしょう。

「愛嬌」がある人は「運」が付いてきます。「運」が付けば人生が楽しく、楽観的になり、笑顔も出て、益々「愛嬌」が良くなります。


今回のテレビで松下政経塾と幸之助さんが紹介されたこともあり、暫く本箱に眠っていた「松下幸之助発言集」10巻を久しぶりに読破してみようと思っています。


ペースメーカー

2日ほど前のブログで「ドリームプラン・プレゼンテーション」について書きました。

その時に表現力不足から「ドリームプラン・プレゼンテーション」を批判するような内容になったかもしれませんが、本意はそうではありません。

その企画や目的は良いのです。

ただ時として、それに適さない人にとって辛い結果になる恐れについて書いたつもりです。


例えば起業して会社経営したいと思っても、その人の性格から言って、無理だと思われる人が時々います。

私は「身の丈起業をしましょう」「無理をしない起業をしましょう」と日頃言って、起業家が1人でも多く生まれればいいと願っています。

それでも、この人は無理だという人はいます。

そのような人には「あなたは起業家に向いていません」とその理由も述べて、はっきり言ってあげる方がその人にとっては大切なことです。

全ての人にとって良いということはありません。


改めて起業について言えば、会社の規模の大小はあるにしても、多くの人はそれなりに起業は出来ると思います。

しかし起業しても全ての人が成功出来るわけではありません。

勿論、成功の程度は人によって違います。


その成功するために大切なのは、起業の時に抱いた夢を持ち続けて、仕事をし続けることです。

時には自分の性格や考え方を変えることも必要です。

そしてその成功をサポートしてくれる人が大切です。

怠惰な気持ちになった時、叱咤激励してくれる人。

苦労して目標を達成した時、褒めてくれる人。

悩んだ時、その話を聞いてくれる人。

そのような人が「アドバイザー」「コンサルタント」「コーチ」「メンター」なのでしょう。

ただもう一つ、より起業家に密接に傍にいてくれる人が必要だと思うのです。

あまりそこまで手厚くすると過保護になってしまうかもしれませんが、「ペースメーカー」という存在もあっていいかもしれません。

ウィキペディアでは「ペースメーカー」とは「陸上競技や自転車競技など中長距離競走において、ある走者に先行、あるいは伴走してその速度を主導する者」と「心臓に対して電気刺激を与え鼓動を促す医療機器」と説明しています。

起業家にとっての「ペースメーカー」とは、私のイメージでは常に心臓に刺激を与え続けるように、起業家に常に刺激を与え続けれる人です。

「アドバイザー」に近い存在ですが、より起業家に近い位置にいます。

少なくても毎日接点を持ち、刺激し続ける人です。

私の知っているところでは、そのような「ペースメーカー」的な仕事をしている人はあまりいないのではないかと思います。

起業を成功させるには「夢・目標を持ち」「正しい考えを身につけ」「強い意志で努力をし続ける」ことです。

私はその環境作りが本当の起業成功支援かと思っています。

琴似神社のお祭

昨日は地元の琴似神社の秋まつりでした。

毎年9月3日4日行われ、4日が本祭りです。

私はここ数年裃を着て神輿行列に参加しています。


今、各地に被害をもたらしている台風12号の為、3日は大雨、4日も午前中までは雨だったのですが、神輿行列が始まる時はほぼ雨も上がり、無事行列することが出来ました。

今回の台風が大きく、北海道に影響を及ぼす可能性がありましたので、私は3日ほど前に神社に、台風の影響で中止になった場合のことを尋ねました。

その時の回答が、「過去のお祭で雨のために神輿行列が中止になったことはありません。」でした。

それでも万が一の時はということで、その時の対処法を教えてもらいましたが、行列本番時は神社の人が言い切った通り、行列は中止になりませんでした。

琴似神社の神様は「霊験あらたか」と改めて感じました。

そう言えば誰かが「北海道神宮以上に琴似神社はパワースポットとして凄いところ」と言っていました。

今年も無事に神事に参加できたことは氏子の1人として嬉しく思っています。

ドリームプラン・プレゼンテーション

昨日「ドリームプラン・プレゼンテーション」の支援会に参加してきました。

知人誘われての参加でした。

今回のプレゼンターは2名。支援者などが20名ほど。

プレゼンターは自分の夢を語ります。

「ドリームプラン・プレゼンテーション」とは株式会社アントプレナーセンターの福島正伸氏が進めているものだそうです。


昨日このプレゼンテーションに参加して感じたのは、夢を語るのは良いのですが、その根拠や裏付がなく、現状と将来の姿が混在したような話でした。

特に「何のために」「誰のためにの」「どのように」という観点が抜けていました。


思いあまり、私はこの事と、数字の裏付けはどうなっていますか?と主催者に質問しました。

その回答として、改めて「ドリームプラン・プレゼンテーション」の目的が話されました。

「ドリームプラン・プレゼンテーション」はいかに楽しく感動する夢をあきらめない為、そして人間として成長することを支援するものとのことです。

事業計画等の数字を考える前の段階、胸が「ワクワク」する段階がこの「ドリームプラン・プレゼンテーション」だとのことです。

確かにそうです、私が起業する人達に話すのも、最初は自分の「ワクワク」する夢を膨らますことが大切で、誰かにその夢を潰されないために守ることは大事だといいます。

その次の段階ではその夢を実現するために充分数字の裏付けをして行かなければなりません。

起業を夢見る時は「楽観的に」、それを事業として計画する時は「悲観的に」、そして実行が決まり、会社設立して時は「楽観的に」するのがポイントです。

この夢を見る時の段階がこの「ドリームプラン・プレゼンテーション」なのでしょう。

夢を創り出すことは大切です。

日本人は「遂行能力」はあるが、「目的をつくる能力」は他の国の人より劣ると言われます。

ですからこの「ドリームプラン・プレゼンテーション」はいいことです。

ただ、このプレゼンテーション後はどうなるのかという疑問が残ります。


夢を膨らませてもそれを実行するための力が無ければ無意味です。

もしかすると、それ以上に害があります。

あまり否定的なことは書きたくないのですが、私の若い時に言われたことと重なってきます。

私が学生時代「あなたの生きがいは何ですか?」とか「あなた探しをしなさい!」という風潮がありました。

多くの文化人、インテリゲンチャ―という言われる人が、雑誌やテレビで話していました。

その中でも寺山修二氏の言葉に特に若者に影響を与えました。

寺山氏の言葉に「わたしの存在そのものが質問なのだ。その答えを知りたくて生きてるんだ。」というのがありました。

大変哲学的です。

それに感化された若者たちは、「自分探し」の旅に出た人も多かったです。

海外1人旅も増えました。私もその1人でした。

その経験から何かを見付けて成長して人もいましたが、多くの「フーテン」も生み出しました。

職を転々として、30歳40歳になっても「自分探し」をしていた人がいました。

私はその時の現象と今の「ドリームプラン・プレゼンテーション」がダブってきています。

これも「自分探し」みたいなものです。


ただ違うのは、「自分探」しの旅は誰でも出来ますが、起業をする人は誰でも成功出来る訳ではありません。

本当に夢があり起業したいと思う人が成功します。そしてその裏付けがあり、遂行能力がなければなりません。

起業しても成功しなければ起業の意味がありません。


「ドリームプラン・プレゼンテーション」を見ていて、思ってしまうことがあります。

もしかしたら、プレゼンテーションをしている人の中にはただ単に現実逃避して、夢の中で生きようとしている人もいるのではないかと。

もしもそのよな人達がそれに気付かずいることは不幸なことです。

勿論、この「ドリームプランプレゼンテーション」を通して成長する人もいるでしょう。

しかしそうでない人の方が多いと思います。

もしもその運動を推進するのであれば、そのプレゼンテーションの後も、それを事業として数字に置き換え実現するかどうかまでフォローしてあげなければ無責任です。

夢を膨らませるだけ膨らませて「後は知らないよ」では問題があるように思います。

私も起業成功を応援する1人として、危惧しているところです。

利己について

今日は先日読んだ本の中に書いてあった言葉を紹介したいと思います。

その本は文庫本で植西聰氏の「ヘタな人生論よりイソップ物語」です。

その本の最後に書いたある言葉を紹介したいと思います。

良いことが起こるようにするために大事にしたい6つの言葉です。

1・「喜与思考」:人に喜びを与えようとする心。愛情、善意。

2.「尊重思考」:相手の立場でものを考える心。思いやり、共感能力。

3.「楽観思考」:どんなことでもプラスに考える心。

4.「快生思考」:自分自身を大切にする心。快適に生きようとする気持ち。

5.「上昇志向」:現状に満足することなく、夢や願望を持つ心。向上心、探究心。

6.「行動思考」:願望達成や生きがいの創造に向かって積極的に考え行動する心。情熱、信念。

これらはよく言われる言葉ですが、纏めて見ると成程と思います。


この中で「喜与思考」や「尊重思考」は利他の心ですが、「快生思考」は自分が快適に生きようとする事なので、利己な考えなのかというとそうかもしれません。

利他の心が大切だというのはその通りですが、自分のことも大事にすることを忘れてはならないと思います。

私はこのブログで過去何度も利他の心の大切さを書いてきました。

しかし自分を大切にすることも大事です。


「燃え尽き症候群」という言葉をごぞ存じでしょうか?

これは一定の生き方や関心に対して、献身的に努力した人が期待した報酬が得られなかった結果、感じる徒労感または欲求不満になる状態と言われます。

人に尽くしても、それが義務であったり、責任感ばかりであって、それが自分にとっても良きことと思えることでなければ「燃え尽き症候群」になってしまいます。

「快生思考」というより、自分を喜ばせる「喜己思考」という言葉の方がいいのかもしれません。

利他の行為が自分にとって本当の喜びとなることにならなければ、「してもらった人」も嬉しいとは思わないはずです。

先に紹介した6つの言葉も、自分が幸せになることが最終的目的です。

「滅私奉公」ではいけないのです。


今日は自分も大切ということを書きました。

本の整理

今日は本について書きたいと思います。

本を読む量は60歳前から減りつつありました。

仕事に関する本ばかりでなく、小説を読むのも少なくなりました。

仕事に関する本は、なかなか頭に入っていかなくなったため。

小説などの本は面白かっただけで終わり、読み終わった本は読み返すことも少なく、冊数だけが積み上がってゆく無駄という思いがありました。


1年ほど前から本の整理をしています。

理想は手放すことの出来ない数冊の本だけを手元に置き、あとは処分したいと思うのですが、なかなか出来ません。

それでまずは、家にある本を「売却する本」と「残す本」に分けました。

「残す本」の中でも「手元に置く本」と「閲覧用の本」に分けました。

会社の私の部屋に本棚を2台用意し、そこに起業の人に役立つような業務関連本や自己啓発本などを置いています。

そして私が運営するレンタルオフィスの人達や勉強会に参加する人達がいつでも借りれる状態にしています。

そのようなこともあって、最近は本を選ぶのも慎重になっています。


本の整理をしていた時、1つ発見がありました。

以前に買って読みかけの「競争の戦略」が出てきました。

この本は「いい本だ」と言われたので買ったのですが、難しく途中で断念した本でした。


「最近読解力が低下している」と自覚している私は、あえてこの本に再挑戦しました。

やっとの思いで読み終りましいたが、読んだだけでそれほど中身を理解しているとは言えません。

そこで「理解力が低下している」と自覚している私はこの本を「どこまで理解出来るか挑戦しよう」と思い、ノートにまとめながら再度読み返しています。

予定では10月の末までにはノート取りは終わる予定です。


身辺を整理し、シンプルに暮らす事を目指して本の整理を始めましたが、その中で改めて昔のいろいろな本を読み返しています。

「私は結構いい本を買って読んでいたのだな」と自分を褒めながら、新しい発見を楽しんでいます。

運をつかむ習慣

昨日のブログでは、溜まった雑誌を整理していて早稲田大学の野口さんのコラムを見付け、それを紹介しました。

今日も雑誌「プレジデント」に書いてあって「成程!」と思った話を書きます。

その「プレジデント」では「運をつかむ習慣」という特集をしていました。

そこに京都大学の藤井教授の「解明!運が無い人は、なぜ運が無いのか」という題で「運がいい人」「運が悪い人」について書いてあります。

藤井教授は「認知的焦点化理論」というものを唱えています。

それは人が心の奥底で何に焦点を当てているか、そこに注目した心理学です。

ある人が物事に向き合う時に、どの位他人のことを配慮できるかという観点から、人を分類したものです。

そのような研究の中から利他的な人ほど得をし、利己的な人ほど運をつかむチャンスを失い、益々損をするという法則を導き出しました。

一見気が利くタイプなのに評価が上がらない人は、自分の心の幅、つまり潜在的な配慮範囲が少し狭く、利他性が低いことに原因が潜んでいるのかもしれないのです。

利己主義者は、正直者を出し抜いて一時的には得をしますが、長い目で見れば必ず損をする運命にあります。

それは人間社会には『互恵不能原理』『暴露原理』『集団淘汰原理』という3つの原理があるからです。

『互恵不能原理』とは自分の損得ばかりに焦点が合っている利己主義者は『お互いさま』で成り立っている人間社会で、最終的に『嫌な奴』として村八分されてしまうことです。

『暴露原理』とは人間には利己主義者を見分ける能力がきわめて強力に備わっているということです。

表面的にごまかしても、利己主義者であることはすぐにバレてしまいます。

人間は進化の過程で『悪者を見破る能力』を異常に発達させてきました。

それが出来なかった人は、誰かに騙され生き延びることはできませんでした。

騙されない能力を発達させてきた子孫だけが生き延びているのです。

だから見破ることが出来る遺伝子を受け継いでいるのです。

『集団淘汰原理』とは利己主義者が支配する社会は社会ごと自滅し淘汰されることです。

これは企業もそうです。全社的に利己的体質が過剰になれば、やがては会社自体が崩壊することになります。」


この話を読んで、『利他であるか』『利己であるか』によってその人の運命が決まるということが理論的に書かれ納得しました。

私が納得出来るのは、私の周りにもそのような事例があるからです。


私の父はそれなりに事業を成功させました。

その父を支えたのは、父の母、即ち私の祖母と妻即ち、私の母でした。

その二人とも稀に見る利他の人でした。

父は時として利己のところもあったかもしれませんが、それを補うに余るほどの利他の人に守られていたのです。

京セラの稲盛さんも常に利他の心の大切さを説いています。

私も改めて、自戒してみます

円高のおかげ

昨日は今まで溜まった雑誌の整理をしました。

雑誌の気になった特集などは読み終わってからスキャナーでパソコンにいれ、またipadとも同期させて必要な時に見れるようにしています。


6月の週刊ダイヤモンドに早稲田大学の野口悠紀雄さんの「超整理日記」というコラムがありました。

今回は「貿易赤字は継続する。輸出立国時代は終焉」という題名でした。

貿易収支が4月に赤字となり、5月に赤字が拡大していると書いてあります。

LNG等の発電燃料の輸入が増えたためで、赤字は今後も継続し、赤字の定着は日本の経済構造が大きく変化することを示していると書いています。

それを裏付けるように、昨日(30日)に財務省が発表した8月上旬の貿易統計速報によると、貿易収支は3545億円の赤字となったようです。

前年同期は201億円の黒字でした。

今年度は 輸出が前年同期比7.6%増の1兆8523億円に関わらず、輸入は同29.7%増の2兆2068億円となったのです。

これは一時的なものではないようです。


野口さんは「原子力発電に制約がかかったことが、貿易赤字定着の本質的な原因」と書いています。

そして「これまでの『日本の輸出立国』は『原子力発電は絶対安全』という神話の上に築かれたものだ」と指摘しています。


また円安・円高の問題についても書いています。

円高によって日本の製造業は国内から国外に生産拠点を移す時代になってきました。

製造業界は円安・円高に左右されない体制になりつつあるます。

そして円高問題も円高によるマイナスが言われていますが、円高によって輸入品が安いということも、よく認識しなければなりません。ただ海外旅行がしやすくなっただけではありません。

それは原油価格にも表れていると野口さんは指摘します。


原油価格は09年1月初めの1バーレル34ドルから11年4月末の121ドルまで4倍近く上昇しました。

しかし日本の輸入単価は2.15倍にしか上昇していないのです。

これは円高のおかげです。

日本人は円高のおかげで石油価格高騰の影響から守られていたということはあまり評価されませんでしたがとても重要なことです。


しかし、このような状況の時に円高から円安へ移ると、貿易赤字が益々拡大し、原油輸入単価上昇などにより、全ての物価に影響してきそうです。

デフレだから低収入でも生活出来た環境も、激変し大変な時代になるかもしれません。


新首相選出後の注目

昨日民主党の代表選挙で代表が決まり、今日首相が決まる予定です。

新首相にはこれから山の様な難題が待ち受けています。

その中で私が注目しているのは、景気回復、復興財源確保の動きです。

首相に選出されるだろう野田さんは、新聞によると復興増税に前向きと報道されていました。

既に国会で承認された特別公債法案と共に復興資金として復興増税は実施されるのでしょうか。

注目しています。


またもう一つ注目しているのは、昨日もブログに書きましたが特別公債法案が承認され、赤字国債が発行されます。それが日銀が買い取りをするかどうかです。

現在日銀が国債を買うのは法律で制限されています。

財政法第5条に「すべて,公債の発行については,日本銀行については,日本銀行にこれを引き受けさせ,また,借入金の借入については,日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し,特別の事由がある場合において,国会の議決を経た金額の範囲内では,この限りではない」

多くの政治家はこの「特別の自由がある場合において、国会の議決を経た金額な範囲ではこの限りでない」を根拠に、国会で議決し日銀に買い取らせようとしています。

法律でそれを禁じているのは過去の苦い経験があるからです。

戦後に行われた国債の日銀買い取りにより、ハイパーインフレが起きたことが教訓になっています。

しかし、経済評論家も含めて多くの人が、日銀買い取りによってインフレを起こし、デフレ脱却と、円安誘導を目論んでいるようです。

アメリカも量的緩和QE3を実施しようという機運があります。

QE3も中央銀行による国債を買うことです。

これによりドル安になる可能性があるそうです。

こうなると国債の日銀買い取りによって円安にしても、QE3が実施されればドル安になり、円安は相殺されてしまいます。

ドルも円も安くなるということはどういうことになるのしょうか。

私のような素人では良く分かりませんが、基軸通貨のドルが安くなり、円も安くなるということは、相対的にユーローが高くなるのではないかと考えます。

でもユーローも不安材料があります。中国の元も同様です。

結果通貨安の連鎖になればどうなるのでしょうか。


年末までに何か大きなことが起きそうな予感がします。

政治と経済

今日は民主党の代表選挙があります。

民主党代表が次期首相になるのでしょう。


私は以前、政治に関してそれほど熱心ではありませんでした。

今もそうです。

でも今、政治と経済が今まで以上につながりが強くなったのを見て、「自分の仕事に関係ない」とも言えない時代になってきているのではないでしょうか。

勿論以前からも、政治と経済は一体のものでした。

しかしバブルの時などは、経済一流、政治三流と言って、経営者は政治と一線を引いた立ち位置にいたように思います。

そこには政治的主義・主張が無く、商売となればどこの国に対しても、政治的トラブルを避け、「頭を低くして」入って行きました。

政治の主義・主張とは無関係に商売第一で仕事をしました。

それが「エコノミックアニマル」と言われた一因でもありました。


しかしバブルが弾けてから、GDPは伸びず、デフレ経済の中、経済は三流にまでなりました。

民主党政権になってからの政治の不安定さ、それによる国民生活の影響は大でした。(だからと言って自民党がいいと言っているわけではありません。)

そして今回の大災害を契機に、今ほど政治動き1つで日本の経済、国民生活が大きく影響されそうな時はないように思います。

私は、「増税」と「国債の日銀引き受け」を注目しています。


もしも政治が誤った方向に行って、不安材料が増えてくると、国民はより一層自己防衛体制に入るかもしれません。

企業や富裕層の海外逃避が増える可能性は大です。


最近の報道では、個人の普通預金が増えているそうです。

収入が少なくなっているのに貯蓄思考が高くなっているのです。

それも自己防衛の一つかもしれません。


今日の民主党代表選挙を注目しています。

消費税について

今は新聞テレビでは民主党代表選挙を取り上げています。

5人の候補者から色々な政策が発せられています。(不十分な気がしますが)

その中で増税についても賛成反対の意見があります。

ただ、どの候補者もいずれは消費税増税も仕方が無いと思っているようです。


モノを買うと消費税が含まれている内税方式が多いですが、消費税が増税されると必ず販売価格が高くなり、消費が下がるというのは充分予想されることでしょう。

スエーデンなどのような25%の消費税が掛けられると、大変高いのもになります。


税金と言うと「取られる」というイメージがあります。

ですから、「高いのは嫌だ」となります。

でも少し考え方を変えてみてはいかがでしょうか。

日本でこれから引き上げられる消費税は明確に社会保障の目的税とされるでしょう。

そして、今まで社会保険料を払っていたどうかは関係なく、老後は誰でもが保障されるのです。

その財源は勿論消費税です。

社会保険料を払わなくなるので、個人も法人も可処分所得が増えます。

人々は将来の不安から貯金していたお金も、今の生活や遊びに使えます。

貯金に当てられていたお金が消費に回りますので、経済も活性化します。

個人の貯蓄高が下がりますから、また別の問題も発生するかもしれませんが、それは今は考えません。


要は消費税を老後の安定した生活のための「天引貯金」として考えて見るのです。


今から7年ほど前にフィンランドとスエーデンに福祉施設を回るツアーに参加したことがあります。

どちらも福祉国家ですが、フィンランドは22%、スエーデンは25%の消費税でした。

日本人から言えば高額な税率です。

それぞれの国の人に、「消費税の税率が高く不満ありませんか?」「消費税率を低くするという政治家がいたら当選間違いないのでは?」と聞いてみました。

回答した皆さんは皆「今の税率でいい」と言います。

低くするという政治家は落選すると言います。

「今の税率によって将来の自分の生活が保障されている。税率が低くなって将来の生活に不安を持ちたくない」という思いです。

ただ、どちらの国も税金の使い方のチェックは大変厳しいです。

スエーデンのある福祉施設を見学した時、そこは民間の会社が運営していますが、その運営内容、公的支給金、補助金等の使い方のチェックは10箇所の機関が行うそうです。

国、州、市、町等の色々な分野の機関がチェックしています。

入居者の満足状況もその評価に入っていて、本人・家族の満足も重要視されます。


日本の場合このチェック機関が不十分で、税金の流れが明確でないところに不信感があります。

将来は国や都道府県、市が本当に信頼されるための仕組みをつくらなければならないでしょう。

そうすれば消費税は「天引き貯金」という考えに対しても賛同してくれる人も増えるのかもしれません。

能力を未来進行形でとらえる

今日は「京セラフィロソフィ」67項の「能力を未来進行形でとらえる」です。

これは私がとても納得した内容のものでした。


稲盛さんは次のように書いています。

「新たな目標を立てる時は、あえて自分の能力以上のものを設定しなければなりません。

今はとても出来そうもないと思われる高い目標を、未来の一点で達成するということを決めてしまうのです。

そして、その一点にターゲットを合わせ、現在の自分の能力を、その目標に対応できるようになるまで高める方法を考えるのです。

現在の能力を持って、出来る、出来ないを言うことは誰でもすることです。

しかしそれでは新しいことや、より高い目標を達成することなど出来るはずはありません。

今は出来ないものを何としても成し遂げようとすることからしか、高い目標を達成することはできないのです。」


この中の「未来の一点で達成するということを決めてしまうのです。」という言葉は、ワタミ創始者渡邊さんは「夢に日付けを入れなさい」という言葉に似ています。

ただここで言っているのは、今の自分が持っている可能性を信じなさいというです。

どうしても今の自分だけを見つめてしまうと自信がなく、将来の可能性を見出そうとしないところがあります。

人間の能力は未来に向かってどんどん伸びて行くことを前提にして、自分の人生を設計することです。

それを、将来のある期限を決めて努力することで、能力が開花し、可能性も広がるのです。


稲盛さんはこの体験を京セラ創業時に体験したそうです。

創業時は松下電器や東芝にセラミックを売込むにしても、既に他の会社と取引をしており、そこに入り込むにはそう簡単でなったそうです。

そこでより強く依頼すると、「これは作れるか?」と出してくるのは、他のセラミックメーカーが「これは難しい。うちでは作れません」と断ったものばかりでした。

稲盛さんはそれを断ると仕事がないので、出来ますと言って注文を取ってきたのです。

その上、3カ月後に試作品を納品する約束までしました。

会社に帰って研究者に話すと皆は「稲盛さんそれは無理です」と口をそろえて言います。

その時に稲盛さんは「われわれの能力を未来進行形でとらえよう」と言い始めたのです。

試作品が出来あがるまで毎日文字通り命がけで難しい実験を繰り返し、議論を繰り返しました。

その時に唯一信じられたのは「自分の能力を未来進行形でとらえる」ということだけだったのです。

京セラはそのような仕事の繰り返しをしながら、特許等の技術を積み上げていったのです。


私も時として自信をなくしてしまう時があります。

でも、この「能力を未来進行形でとらえる」という言葉を知って、自分を信じるということこそ、基本であり、能力向上の原点である。そう考えています。

健全資産の原則を貫く

今日は昨日に引き続き「京セラフィロソフィ」66項の「健全資産の原則を貫く」について書きます。

これは昨日に紹介しました「日々採算をつくる」と同様経理に関する話です。


「京セラでは不良資産を発生させることを厳しく戒めています。

必要な時に必要なだけ買いいれること、必要なものだけをつくることが原則です。

余分なモノを買ったり、余計なモノをつくったりすると、不良在庫を発生させ、無駄な経費を使うことになります。

しかし、万一不良資産が発生した場合には、ただちにこれを処理することです。

一時的には損失を出すことになりますが、目先の数字にとらわれず、勇気を持って不良資産を処理しなければなりません。

これをせずに問題を先送りすると、さらに大きな損失につながります。

経営は常に健全な資産状態で行われる必要があるのです。」



製造業の場合、受注生産であっても、作り置きや余分に作ってしまったモノが発生しがちです。

それを売れるかもしれないからと言って在庫にして置くと、仮に売れる物でも2~3年経つと売っても二束三文にしかならなりません。

稲盛さんは言います。「そのような不良在庫や不良資産は、経営者自身が棚卸をして、不要なモノはなるべく消し、落とすようにしなければなりません。

ここで大切なことは、不良資産を落とすというのは、自分の都合によってすモノのではありません。

利益の出ている時に、利益を少なく見せる為にしたり、利益が出ない時にはしないということではなく、利益がどうであれ、常に健全な資産だけを残すようにするべきです。」


また不要在庫を抱えないために、「当座買い」の必要性も説いています。

私たちは会社でもまた個人でも、安い時に買っておこうとしてり、大量に買えば安くなるので買ったりします。

しかしそれでは無駄が多く出、結局は高いものについてしまうのです。


この事について稲盛さんは書いています。

「当座買いは、一般的には高くつくだけで常識的に反するやり方だと思うことでしょう。

ところがそうではありません。それは実に合理的な買い物の仕方なのです。

なぜなら、当座買いは高くつきますから、必要な分だけしか買いません。

人間というのは面白いもので、必要ギリギリの数しかないと思うと、どんなものでも実に丁寧に、大事に使うようになります。

ところが、それが倉庫に山ほどにあるとなると、どうしても粗末に使ってしまいがちです。」


確かに私の会社でもビス一本大事に使っているかというとそうではありません。

落としても拾おうとしません。拾うより生産性と高める方がいいという方便を使います。

ギリギリしかビスや材料が無ければ、落とすようなミスをしないようになり、より真剣に作業をし、製品もオシャカに成る率も低くなります。


「当座買い」をするという考え方は改めて考えてみる方法だと思います。

日々採算をつくる

今日は「京セラフィロシフィ」65項の「日々採算を作る」について書きます。

これについて稲盛さんは

「経営というものは、月末に出てくる採算表を見て行うのではありません。

細かい数字の集積であり、毎日の売上や経費の積み上げで月次の採算表がつくられるのですから、日々採算を作っているのだという意識を持って経営にあたらなければなりません。

毎日の数字を見ないで経営を行うのは、計器を見ないで飛行機を操縦することと同じです。これでは飛行機ははどこへ飛んで行き、どこに着陸するのか、分からなくなってしまいます。

同様に日々の経営から目を離したら、目標には決して到達できません。

採算表は1人1人の毎日の生きざまが累積した結果であるということを忘れてはなりません。」


毎日毎日数字を意識して経営をすることの重要性を指摘しています。


また稲盛さんは月次決算書のことも書いています。

月次決算は必ず作ること。そして締め日から10日以内に出来あがることを強調しています。

それ以上遅くなると、前月の決算書を使って、今月の経営を進めることが出来ません。


また、「採算は経営者の意思で作られる」とも書いています。

勿論それは粉飾決算を言っているのではありません。

「経営者が一生懸命に頑張っていても、採算がただ成り行きの数字だとすると、経営者の意思が伝わりません。

先月は悪い決算で利益が出ませんでしたという場合、『私は努力したのですが、なぜかこうなってしまったのです。』ということは通りません。

経営者は自分の意思で、売上を上げたり、経費を下げたり、工夫を凝らしたりすることが出来ます。」



以前稲盛さんの話を聞いく機会がありましたが、その時決算書について話をしてくれました。

出張などに出る時は厚い決算書を持ち、電車などの中でそれを見るようにしているそうです。

数字を見ていると、「何をしているんだ」とか「良くやっているな」とその部門の人の顔が頭に浮かんで来るそうです。

常に数字を見る習慣の大切さも話していました。

売上を極大に、経費を極小に

昨夜、8月の京セラフィロソフィ勉強会をしました。

今回で16回目になります。

今回は「売上を極大に、経費を極小に」「日々採算をつくる」「健全資産の原則を貫く」「能力を未来進行形でとらえる」の4項目を勉強しました。

いつものように、これから4日間はその内容について書きたいと思います。


今日は「売上を極大に、経費を極小に」についてです。

稲盛さんは京セラフィロソフィ―に次のように書いています。

「経営とは非常にシンプルなもので、その基本はいかにして売上を大きくし、いかにして使う経費を小さくするかということに尽きます。

利益とはその差であって、結果として出てくるものにすぎません。

したがって私たちはいつも売上をより大きくすること、経費をより小さくすることを考えていればよいのです。

ですから[原材料費]は[総生産]の何パーセントでなければならない、とか[販促費]はこれ位必要だといった常識や固定概念にとらわれてはなりません。

売上を極大、経費を極小のための努力を日々創意工夫をこらしながら粘り強く続けていきことが大切なのです。」



この「売上を極大に、経費を極小に」と言われると、皆さんはそんなの「当り前だ」と言うと思います。

昔から「入るを量って、出を制する」と言われます。

でも、言うは易くて行うのは難いのです。


よくある話ですが、高い売上目標の数字を立て、それに見合う経費も計上した計画を立てました。

結果は「売上目標」は達成できませんでした。でも「経費の目標」だけは達成しました。

勿論、利益は減です。

このように売上アップの目標を立てると当り前のようにその分の経費も計上することが間違いなのです。

売上アップの計画を立てても、経費はそのまま変えないというのが本当だと稲盛さんは言います。

その時、その時、必要に応じて必要なモノを買えばいい。

泥縄式でいいと言います。

本来は泥縄式は、行き当たりばったりで準備が出来ていないという悪い意味で使われますが、この場合はこの考え方がいいと言います。

私の経験でも、計画を立て準備万端で始めてから、買う必要のなかったモノが沢山出てきたということがありました。

このいい典型です。


また稲盛さんはこの「売上を極大にし、経費を極小に」を追求していく中で、京セラ独特の「アメーバ経営」を生み出しました。

「アメーバ経営」というのは、売上から原材料などを差し引いた「付加価値」を社員の全労働時間で割り、1時間当たりいくらの「付加価値」を作り上げたのか、その指標で経営することです。


この「アメーバ経営」は稲盛さんがJAL再建する時、京セラフィロシフィと共に持ち込んで再建しているものです。

「売上増⇒経費増」という「常識」を否定することが大切なのです。

「エゴ」と「パッション」

昨日のブログでジェームス・スキナ―氏のセミナー事業の事を書きました。

今日はお知らせが来たセミナー案内にいいことが書かれていたのでご紹介します。


以下は案内書に書いてある内容の要点です。

「豊かな人生を手に入れる2つの鍵があります。

その2つの鍵は「エゴ」と「パッション」です。

人は所有欲があり、私のお金、私の家、私の服、その他に地位、名誉、能力等もあります。

所有すること自体は悪くないのですが、問題は所有することで自分の不足感を埋めようとしたり、不安を埋めようとしたり、自尊心を満たそうとすることです。

そうすることで、自分のモノを攻撃された時に、自分が攻撃されたと勘違いしてしまいます。

この勘違いは「エゴ」によるもので、成長を妨げる大きな原因でです。

成長する人は『自分の』という部分に執着しません。

所有する事で満たされた感情は、同時に失うことへの巨大な恐怖を生みます。

所有することで安定の欲求を満たせば、手放すことへの恐怖が生まれます。

また「エゴ」と密接なのは欲です。

欲にも2つの種類があります。

1つは「エゴ」から出た、自分の欠乏を埋める為の欲

もう1つは「パッション(情熱)」です。

「パッション」は愛、貢献、成長といった欲求に基づいています。


「エゴ」は恐怖、欠乏、不安、苦しみ、迷い、疲労に満たされています。

「パッション」は喜び、好奇心、愛、創造、共有、インスピレーション等尽きないエネルギーに満たされています。」


ここに書かれている「エゴ」は「利己心」、また、「パッション」は「利他行」に置き換えることが出来ます。

自分でない人のために行う行為は『熱い思い』から生まれます。


日本では大災害や政治、経済の不安などでこれからどうなるかという時代に、「エゴ」「利己心」また「パッション」『利他行」について考えてみる時なのかもしれません。

そして改めて自分の原点に帰ってみることが大切な気がします。

セミナー

最近ある会社からセミナー受講案内書が送られてきました。

ジェームス・スキナー氏のセミナーです。

ジェームス・スキナー氏は「7つの習慣」という本の著者のコヴィ―博士から、日本での事業の承認を受け、本の翻訳と共にセミナー事業を展開しました。

その後その事業を売却し億万長者になりました。

自身も「成功への9ステップ」を書きベストセラーになりました。

彼は「7つの習慣」での事業と同様に「成功への9ステップ」のセミナーをも展開しています。

このセミナーは参加費が10万円以上し、その他に宿泊費が別にかかります。

会場は千葉の鴨川のホテルなので、交通費など入れると20万円近くになります。

それでも今までに1万人以上が受講したそうです。

実は私も4~5年前に参加しました。

150名以上集まり、3泊4日のハードでユニークなセミナーでした。

朝の9時から夜中の2時ころまで延々と続きます。

確かにいいセミナーでした。


今回の案内は、そのジェームス・スキナー氏の新しいセミナーで「人生の飛躍」という題名で開催されます。

6泊7日のロングランのセミナーです。

会費は1人40~100万円もします。

私は参加するつもりはありませんが、改めてこんなに高い料金でも100人以上の人が参加するのだと驚いています。

ただ、セミナーとはその価格に比例して内容が充実しているという話は聞いたことがあります。

「成功への9ステップ」のセミナーを体験した人の中には、熱烈なジェームス・スキナーファンになったり、事業がうまく行ったという口コミから1万人以上の人が受講したのでしょう。

今回の「人生の飛躍」も前のセミナーがベースにあるのでしょう。


一般的にはセミナー料金は高くても5万円以内という「常識」を超える今回のセミナー。

セミナー案内をもらって改めてこの集客のシステムに興味を持ちました。

「番屋で遊ぼう会」

先週の木曜日に番屋で遊んできました。

新現役ネットという団体の夏の企画でした。

その新現役ネットの会員の1人が銭函の浜に「番屋」を持っています。


「番屋」とは「漁師番屋」で本来は漁師が漁の準備をするための小屋です。

ただこの「番屋」は個人が自分で楽しむ為に作った「男の隠れ家」的なものです。


作ったAさんは元公務員で定年後は民間の会社で働いていますが、自分の夢であった「番屋」を自前で作ったのです。

銭函の駅から歩いて7~8分位のところで、函館本線の線路と海の間の狭いところに建っています。

「銭函グルメ館」と称する番屋は「グルメ館」だからといって営業しているわけではありません。

平均月に1度程度、Aさんが気が向けば開いてくれ、気の合った仲間同士が飲み食いするところです。

そしてそこではAさんが自分で作る漁師料理を食べさせてくれます。

夕方の6時頃から始まるということで5時30分頃に行くと20ℓの生ビールが用意されており好き勝手に飲んで、海を見ながら料理が出来るのを待ちます。

まずは海の傍まで突き出したベランダの上でホッケのチャンチャン焼き、ホッキ貝のバター焼き、サンマ焼き、イカ焼きが続きます。

海の沖を見るときれいな夕日が見えます。

1時間ほど経つと今度は「番屋」の中に入り、舟盛りの刺身を肴にシャンペンで改めて乾杯。

海鮮焼きそば、たこ飯などが続きもう食べきれないほどの料理が続きました。


自分のするべき仕事を成し遂げ、自分の好きな生き方

料理などは準備からAさんが1人でこなし、大変のお世話になりました。

今度何かの特別の仲間が集まっての飲み会にはまたこの「銭函グルメ館」を使わしていただきたいと思っています。

線路沿いの道
銭函グルメ館
海の傍に突出るベランダ
夕日

守成は創業より難し

昨日は2代目経営者のことを書きました。

今日もその続きになります。

昨日のブログでは、2代目は心して経営しなければならないと言う内容のものを書きました。


創業者と2代目に関する言葉として、「守成は創業より難し」という言葉があります。

これは中国の古典の貞観政要に書かれていて、徳川家康も読んだと言われています。

現在も多くの経営者が読んでいます。


「守成は創業より難し」の意味は、その事業を守り抜く2代目、3代目は創業者より大変で、難しいということを述べています。

創業者は無手勝流であっても自分の思い通りの会社を作り上げることが出来ます。

部下はみな自分の子供のように思えます。

少し位我儘を言っても許してもらえます。

そして創業者として尊敬されます。


一方2代目はその創業者と常に比べられる立場です。

少しでも業績が悪くなれば非難されます。

そのような会社を維持し、発展させるには本当に実力が必要になってきます。

もしかしたら創業者以上に人格的にも高いものが求められます。


宋文州さんのメールマガジンに書かれていた場面があります。

ある会社の創業記念パーティ時、真っ先に年老いた創業者がヨロヨロした足元でお客様のところを1人1人お酌して回った時、宋さんは感激したそうです。

それに比べ後継者は・・・・。

そして宋さんはこう書いています。

「創業の苦難を乗り越えた人の身に染みついた感謝は、言葉が少なくてもその表情や体から滲みだすのです。

2代目は経営がもっと良くなることがあってもこの感謝の気持ちはないと思います。

恐怖と苦難と闘って僅かな勝算にかけて生き残ったことを通じて、人は感謝の本当の意味を知るのです。

『怖かった!』、『助かった!』という呟きの後にだいたい『ありがとう。』と続くのです。」


2代目3代目が会社を守成するのは大変です。

その2代目3代目に抜けがちなのは、その本当の「ありがとう」ではないかと思っています。

創業者